早く国を立て直さねば(2012/8/1)

政権党(民主党)よ、いい加減にせよ! 野党も迎合するな!

早くこの国を立て直さねば、未来が危うい?

 総理官邸を取り囲んで、毎週金曜日に「反原発」デモがあり、最近は何万人にも及ぶ人が、しかも大きな主催団体もないのに、ネットでつながり集まっているという。
まさに声なき声が姿に表れているのだろう。政府も国会議員も真剣に受けとめているのか計り知れないが、無視していると大変な事になるだろう。
政権を担ってきた前総理がこのデモに参加して、「原発反対を総理に伝えます」などとお調子乗りなことを仕出かしているが、とんでもない。
その前の総理も、そもそも原発反対の過激な市民運動家で、原発事故の収束を図る危機管理に失敗し、今なお、さらにこれから50年も、福島第1原発周辺の人は、放射能汚染に命も生活も脅かされているのに、他人事のように反原発を訴え、現政権批判を政権与党内の幹部にありながら、繰り返している。

 政権与党内でまとまった政策でもないし、マニュフェストにもなかったのに、役人の言いなりに、増税に政治生命を掛けると息巻く野田総理。
よくもこんな人を日本国の総理大臣にいただいたものだと恥じ入る。
国民にとっては総理大臣は自らの手では選んでいないが、国会議員を選んで託したのだから制度上何とも致し難い。
託した国会議員も勝手な行動に走り走り、政権与党の責任もヘッタクレも感じない烏合の衆の状態で、何にも前に進めない。いい加減にしろと言いたい。
自民党・公明党も最終的には迎合修正協議に応じ、攻められない。
こんな節度もルールもない政党に、国を命懸けで守る見識もない国会議員に、国の舵取りを委ねていてこの国はどうなるのだろう?国民が選んだ人達がとる行動なので、国民に責任が返ってくるのだろう。このことは肝に命じなければならない。

 もう信頼できる国会でなくなったのだが、誰に託せば良いのだろう。
今後は選挙にらみで、一層国民そっちのけで政局争いに向かうのだろう。もう行き着くところまで行かなければ、立ち直れないのだろうか?
世界に信頼されるインテリジェンス国家を、国民みんなで目覚めて目指そうではないか!
経済対策も、安全保障も、外交を無視して成り立たない見識も必要だ。これ以上、素人の口先ばかりの輩に政治を預けたら大変だ。

お盆は先祖を敬い、一族、地域の連帯を見直そう。

 政界では親もなければ兄弟もない仮想家族(政党)状態で、この姿が国民生活にも反映されているようなこの国のありようだが、このままではいけない。
原点である家族から、先祖・一族から、そして地域へと人のつながりを見つめ直さねばならない。それにお盆は絶好の機会だろう。
先祖も地域の連帯もなければ、今の自分は無いのだと確かめよう。

克己復礼
   ― 己に克つとは。私利私欲に打ち克つこと。我を捨てることです ―

月刊誌「致知」の《巻頭の言葉》より抜粋引用=論語普及会学監 伊與田 覺

『我を捨てれば天に通ずる』

 孔子の弟子に顔淵という人がいました。学問において秀でていたばかりでなく、その学問をさらに上回る徳をそなえており、3千人といわれた孔子の弟子の中で出色の存在でした。
 孔子はこの顔淵を後継者として目していましたが、残念ながら病で早生してしまいました。
 顔淵が亡くなった時、孔子は「ああ、天予を喪ぼせり」と、体を震わせて泣き崩れたといいます。
 
 孔子とこの顔淵との間に、次のような問答があります。
 「顔淵、仁を問う。子の日わく、己に克ちて禮に復るを仁と為す」
顔淵が仁について問うたのに対し孔子が、仁を実践する上で最も重要なのが
己に克ち、そして礼、つまり社会の規範をしっかりと守ることであると答え
「克己復礼」の大切さを説いています。
己に克つとは私利私欲に打ち克つこと、もっと言えば我を捨てることです。ただ孔子は己に克てばどうなるか、なぜ我を捨てることが大事なのかとういところまでは触れていません。
 人は我を捨てた瞬間に素直になり、天と相通ずることができます。
しかし、このことを本当に理解できる人は、あれほどたくさんいた孔子の弟子の中にもほとんどいませんでした。
 大半の人が、天下に名の知られた孔子の推薦を受け、良い就職口を得ることを目論んで弟子入りしていたからで、我を捨てるだの、天だのと浮世離れしたことを説かれても、その真意を理解できなかったのです。

 『論語』で己に克つということが説かれているのが、唯一このくだりだけあるものであるのも、おそらくそういう事情からでしょう。
これに対して顔淵という人は、純粋に道を求めて弟子入りした人だったので、孔子が克己復礼という言葉を示唆しただけでその真意を深く理解できたのです。

『本物は言葉を越えて通じるもの』

 顔淵を失った時、既に老境に入っていた孔子は、もう自分の学問を継いでくれる者はいないだろうと諦めかけていました。そこえ現れたのが当時 26 才の若き 曽子でした。

 「子曰わく、参や、吾が道は一以って之を貫く。 曽子曰く、唯 。 子出ず。 門人問うて曰わく、何の謂ぞや。 曽子曰わく、夫子の道は忠恕のみ」
通釈 : 先生 〔孔子〕 がおっしゃつた。「参 〔曽子の名〕 よ、私の道は一つの原理で貫いているよ」。曽先生が 「はい」 と歯切れよく答えられた。先生は満足げに出ていかれた。他の門人が、「いまのはどういう意味ですか?」 と問うと、曽先生が答えられた。「先生が貫いてこられた道は、誠と思いやりだと思うよ」

 本物というのは言葉では伝えきれないものです。商売にしても技術にしても、自分が会得したコツを伝える事は容易ではありません。本物というのは言葉を越えて通じるものなんです。
 曽子はさほど頭の鋭い人ではなく、弟子の中でも目立つ存在ではありませんでした。
しかしこの問答を通じて、26才の青年が自分の言わんとするところをしっかりと汲み取ってくれていることを知った孔子は、これで自分の後を継いでくれる者が出来た、とさぞかし喜んだことでしょう。
 孔子は曽子を「参や魯〔のろま〕」と評していましたが、しかしその純粋さ、素直さ、実行力には注目していました。我を捨て、ひたすら学問に打ち込んだ曽子だからこそ、天と通じ、師の期待に応え得る人材に育ったといえるでしょう。我われも曽子の姿勢に倣い、克己復礼を貫いてゆきたいものです。