中村知事3選へ(2018/11/1)

「中村時広」愛媛県知事3選へ

 五穀豊穣の感謝し、地域や家内の平安を祈る、伊予路の秋祭りも各地で終焉。一気に朝夕は冷え込みが始まり、紅葉の映える気候となった。

 11月は1日から愛媛県知事選挙が公示され、18日の即日投開票で行われる。
この選挙に向け、県内では今年に入り早々から、現職の「中村時広」知事に各種団体から出馬要請の動きを起こし、中村知事の3選に向けての環境づくりが取り組まれた。

 私ども自民党愛媛県連でも、3月の定期党大会でこれまでの取り組みと同じく3期目への出馬要請を決議、先の9月定例県議会後に、中村知事が3選への出馬を表明されたのを受けて、推薦決定と選対組織を立ち上げ、選挙戦の推進の要となって取り組むこととした。

 現職知事として積極的に県内の活力を引き起こす施策に取り組まれ、他に例のない県庁内に営業本部を設置して、すご物・すご味・すご技と県内の良きセールス物品を発信、今では年間100億円余の販売仲介実績を上げ、実需のマーケット創出と所得向上に繋げている。

 この展開は、国内はもとより、海外展開も図って実績を上げている。また、新たなブランド品の開発にも力を入れ、柑橘・魚・肉類にもネーミングも取り組み、開発商品の基盤も整えてきた。

 昨年は何より国体と障がい者スポーツ大会の開催で、競技力の向上・施設整備で、健康県民づくりにも成果を上げた。
スポーツではしまなみ海道を使って、高速道路を一時閉鎖してまでの「国際サイクリング大会」を開催、3年に1度の開催だが、世界的にも評価される大会となっている。また、県内にブルーラインを整備、四国のサイクリングアイランド整備にも他県と共に取り組んで、四国遍路道と共に相乗して観光PRにも効果を上げ、国際航空路線の開設維持にも取り組み、外国人のインバウンドも増えている。他にも色々あるが、このように愛媛の元気創造と発信には、成果が目立っていると評価される。

 ただ、県内の諸施設のインフラ整備には、県立高校や警察署の耐震化に重点をおいて取り組んだため、温暖化に対応する学校でのエアコン設備など、県民の期待に即堪えられない面もあった。

 さらに、今年の西日本豪雨災害で県内でも南予を中心に県内各地で甚大な被害が発生し、早急な復旧や生活再建の支援に、予備費を大幅に組み込まざるを得ないので、しっかりとした方針を立て、県政の基盤を揺るがせない運営が求まれる中にある。
そんな状況をつぶさに踏まえて取り組めるのは、現職の継続性が最も求められる最善の選択肢だ。

 この選挙の推進だが、対立候補が組織力もない候補で、競争心を駆り立てられることもない状況で、むしろ信任投票のような選挙戦になるため、県民には関心も薄く投票率も期待できないと思われ、運動としては投票率の向上に最大の力点が必要だろう。
候補者も県民に真摯に向き合っての政治姿勢を、県民に理解していただくような運動を、支持者とともどもに取り組み、今国政で垣間見られるように、権威をおごり示すことの無いよう、生きた県民の声が反映される県政の運営に取り組まれるよう、いまさらながらも期待したい。
みんなで汗を共に流し、みんなで安心できる生活や環境社会を築きましょう。

少子化・過疎化は地方維持の最大の国家課題だ。

 何より、これからの我が国の課題は、環境問題などを含め多くの課題があるが、私は何よりも「少子化・無家族化」だと思っている。
高齢社会・少子社会問題も言われて久しいのだが、一向に改善されない。核家族問題をこえて、無家族社会に急速に進んでいるのが現状だ。

 「孝弟は是れ修身の工夫なり」―親孝行と兄弟姉妹が仲良くすることは、生涯心得ておかなければならない―これは江戸後期の儒学者『佐藤一斎』の教えで、西郷隆盛が愛読した「言志四録」に示された格言だ。

 私たちは家族が紡ぐ歴史の中で、先祖から脈々と続いてきた「命」のたすきを受けて生きているのだ。自分を生み育ててくれた親に感謝し、兄弟姉妹や夫婦が仲良くすることは、円満な家庭を築くための素地であり、互いに支え合う社会の実現に向けた足掛かりとなるものだ。

 家庭内暴力や家族・親族間における殺傷事件、孤独死など心痛む事柄が、多く見受けられるが、民族維持のためにも、徳育をしっかり取り組まなければならないとも思う。
結婚しよう。子供を産み育てよう。こんなことをいえばパワハラだ!セクハラだ!と目くじら立てるほうが、オカシイ!

出藍の誉れ ―― 人を育てる

月刊『致知」2018.11月号【巻頭の言葉】より引用 
福地 茂雄(アサヒビール社友)

『部下には自分のできないことを求めよ』

  「青は藍より出でて藍よりも青し」

 弟子が師を凌ぐほどに成長を遂げることを表した荀子の言葉であり、「出藍の誉れ」の成句でもよく知られています。

 アサヒビールに入社して13年目、私は配属先の名古屋支店で販売第二課長を拝命し、初めて管理職になりました。当時支店長を務めておられた本田博さん(後の三ツ矢フーズ初代社長)から、「君はどういう心掛けで課長職に臨むつもりだ?」と問われ、私が「自分のできることは徹底して部下に求めますが、自分にできないことは部下に求めません。それは卑怯だと思います。」と答えると、本田さんは「君は管理職失格だ」とたしなめ、次のように諭してくださいました。

「自分にできることだけを部下に求めるなら、部下は〝スモール福地″ばかりになり、組織は強くならない。私は営業一筋で、他の経験はしたことはないが、いまは支店長として全体を見ている。自分にできないことを求めて部下を成長させることこそが、管理職の務めだ」

 これは、管理職として部下育成を真剣に考えるきっかけになった忘れ難い教えであり、私のビジネス人生を貫く指針となりました。

 管理職たるもの、自分を凌ぐような優れた部下を育てなければならない。私は部下指導に迷うたびに、本田支店長の姿と「出藍の誉れ」の言葉を反芻し、自分を奮い立たせてきました。

『人生意気に感ず』

  親は子が偉くなることを喜びます。しかし、上司の中には部下の出世を素直に喜べず、伸びようとする部下に蓋をする人もいます。「出る杭は打たれる」という言葉がありますが、出る杭は大いに伸ばしてほしいというのが私の願いです。

 ただし、伸びることと、何でも器用にこなすことは別です。何でも器用にこなす切れ者の部下は、紙は切れても大木を斬ることはできない。つまり大成しないのです。厳しい試練を乗り越えていける器の大きな部下を育ててこそ、優れた上司といえるでしょう。

 かつて、キャプテンとして東芝ラグビー部を全国優勝へ導いた富岡鉄平氏は選手を褒めて育ててこられたといいます。
「人の悪いところはすぐに目につきますが、良いところは探さなければ見つからないものです」という言葉が印象的でしたが、人を褒めるということは確かに難しいものです。

 私は、褒める時は人前で、叱る時は人陰でといりことを心掛けてきました。
 日本人は農耕民族であり、集団で行動をする中で恥の文化を醸成してきました。人前で叱られた人は、表向きは従順を装っていても、腹の中ではそのことを恥に思い、心の底から納得し難いものです。ゆえに、叱る時にはなるべく人のいない所へ呼び、逆に褒める時には皆の前でそれを行えば、部下も奮起してくれるものです。

 加えて、叱(しか)ることと、怒鳴(どな)る、苛(せ)めるの違いも弁(わきま)えておかなければなりません。怒鳴ることは単なる鬱憤晴らしであり、苛めることは人を害します。部下の過ちを正すことが、叱ることの本来の目的です。

 私は母校の小倉高校を卒業する時、恩師の高尾為彦先生からいただいた「人生意気に感ず」という言葉を座右の銘として大切にしてきました。相手のことを心から思い、真剣に向き合えば、意気に感じて成長してくれるものです。部下を抱える管理職の方々には、ぜひともそのことを心に刻んでいただきたいと願っています。