国の心柱を早く立てよ!(2025.9.1)

先の参議院議員選挙で与党(自民・公明)が過半数を割り込んだ。
衆議院・参議院共に政権与党が過半数を割り込んだ状況となり、国会は議決案件処理が非常に混乱する状況となっています。
これまで野党であった各党も一致して政権与党となろうともしないし、多党化がますます進み、纏まる気配も見えません。やはり歴史的経験からみても自民党が中心となって、早く国政の課題に取り組まれなければならないのだが、選挙で3連敗(衆議院・東京都議・参議院)の石破総裁の責任は重いとして石破総裁の辞任を求める声や、総裁選挙をして総裁を選び直し、出直すべきだなどの声が党内でも渦まいている状況だ。
選挙後もう2か月も経つのに、未だにゴタゴタで、米騒動やら諸物価高騰やら国民の生活は益々疲弊の道を辿っていると思われる。日にちが経っていまや「石破やめるな」コールの声も高まり、ますます迷走している。
先の選挙で減税コールが野党各党の主張でした。高速道路や鉄道網など地方の交通インフラ整備のためにガソリン税に上乗せしてきた税を当分の間との言い回しで、暫定税率としてきたこの税の廃止や削減がこれから声高に主張され、削減することになるだろう。国の税の殆どは地方交付金として、配分し地方の行政需要活動に補填されるものであり、減税は地方の事業計画の見直し・削減につながることになり、人口減少で税収確保がますます厳しい地方の財政運用に直結する重大な課題である。
先の8月21日東京で「四国新幹線促進期成同盟会の第7回東京大会」が芝公園の「東京プリンスホテル」で開催され、未だ調査予算も就かず、四国だけが取り残されている「新幹線整備構想」について、強く国に要望を続けているのであるが、この運動にも暗い影を落とすことにならないように、財源確保を強く求めるところです。
この大会の結びに私が四国4県県議会の公共交通対策議連の代表として、「ガンバローコール」の音頭を取らせていただき、結束して実現へのアピールを呼び掛けさせていただきました。日本の新幹線生みの親「第4代国鉄総裁『十河信二』」さんの努力で開業以来60年となりましたが、日本の発展の幹線原動力として「新幹線」は何よりの役割を果たしています。未だ四国に導入されていないことに、十河さんは嘆いておられることでしょう。
頻発する自然災害への対応も含め、地方の行政運用財源の確保も重大な問題である。これまでのように経済成長もあれば「国債の発行」など、財源確保の方途も考えられたが、これからは国債の効力は薄れむしろ赤字で負のスパイラルに繋がり、絶対にさけなければならないことと私は思っています。目先の事の課題対処も必要ですが、将来負担の積み残しと拡大は、人口減少社会構造の中で最も気を付けなければならない問題でしょう。
アメリカの「トランプ大統領」は、『自国ファースト』思想で、強いものが生き残れるのだとの発想の元、諸施策を進めているようです。自分が一番強くて自分の言うことは何でも通すんだとの姿勢で、世界の紛争解決に口もはさんでいるのですが、中東にしろウクライナとロシアにしろ、簡単には聞き入れ手を結んでくれそうにありません。センセーショナルにみえるニュースは流すのですが、やはりそれそれに言い分や歴史社会・宗教など事情があるわけで、トランプさんの思い通りには行かないのです。
日本との通商交渉もセンセーショナルにぶち上げられ、日本も驚かされたのですが、粘り強い交渉の努力により、落ち着きを見せ始めているように思えます。しかし、彼に触発されたのかどうかは解りませんが、世界中で自国(自分)ファーストの動きがSNSの効力もあって、十分な中身や責任能力も問われないままに、流行となっているようです。右傾化に私は危険な流れが起こっていると危惧しています。
我が国でも「日本ファースト」の端緒言葉で、その響きに引き込まれ中身の検索も十分されないままに世論として扱われるようにマスコミも扱うものですから、非常に危険な世論形成の傾向を私は危惧と感じています。
毎日報道されたり注意喚起もあるのですが、振り込め先の被害も後を絶ちません。その被害も個人としても多額です。気心を通じ合える人がいるでしょう。持ちましょう。落ち着いて回りも良く見渡しながら、みんなで話し合いながら助け合いましょう。異常気象も気になります。災害も発生頻度が想像を超えています。これまでなら台風シーズンですが、近年は様子が違います。線状降水帯の集中豪雨です。
実りの秋、色々なものの実りと味を楽しみたいものですね。
仏道の為には
命を惜しむことなかれ、
亦惜しまざることなかれ
月刊『致知」2025.9月号【巻頭の言葉】より引用
愛知専門尼僧堂堂頭 青山俊董

~ 是の処は即ち 是道場なり ~
禅師は建長五年(一二五三年) 九月二十九日、御歳五十四歳で帰らぬ旅路へと発たれた。七百七十二年前のこととなる。建長四年の夏の頃より病を得られ、治療の効果もなく、命終の日の近きを覚られたのであろう。 建長五年の正月、遺言ともいうべき「八大人覚」をお説きになり、再び筆をお持ちにならなかった。
波羅の波多野義重公を初め、京都在住の多くの人々の切なる願いをお聞き入れになり、九月六日、永平寺をあとにして上洛し、京の俗弟子・覚念の邸、西洞院に入られた。都の名医の治療を受けられたのであろうが、はかばかしくなく、都入りしてわずか半月余りの九月二十九日夜半、化を黄泉に移された。
病臥しておられた部屋の床柱に『法華経如来寿量品』の一節、
「若しは園中に於いても若しは林中に於いても(中略)、若しは白衣の舎にても若しは殿堂に在りても(中略)、 是の処は即ち是れ道場なり。諸仏此に於いて阿耨多羅三藐三菩提を得、諸仏此に於いて法輪を転じ、諸仏此に於いて般涅槃したもう」
と書き、最後に「妙法蓮華経庵」と記されて。
愛する永平寺を後にして、洛中の俗弟子の館で生涯を閉じねばならなかった道元禅師が、「是の処は即ち是れ道場なり。 諸仏此に於いて法輪を転じ、諸仏此に於いて般涅槃したもう」と書かないではおれなかった御心中が、痛いほど拝察せられる。
~ 浜までは 海女もみの着る時雨かな ~
ある人が、「道元禅師ともあろうお方が、不治の病と知りながら、なぜ愛する永平寺を離れて上洛し、俗弟子の家にて世を去らねばならなかったのか?」という疑問を投げかけたという。これに対し、道元禅師に私淑しておられた石田和外氏(元最高裁判所長官)は、たった一句で答えられた。
浜までは海女もみの着る時雨かな
この句は播州の俳人・瓢水の作だという。千石船五艘もあった財産を風流でなくし、蔵売って日当たりのよき牡丹かな
と詠えるほどに執着を去った人であり、やがて仏門に入った。ある日、その透徹し境涯をしたって一人の雲水が訪ねてきた。たまたま風邪をひいたというので薬を買いに出て、留守であった。生命に執着があるようではたいしたことはないと見て、帰ってしまった雲水に贈った句がこれであったという。
いずれは海に入ってずぶぬれになる体ではあるが、無駄にはぬらさないというのである。 ぬれるべきときはいさぎよくぬれる。けれど、意味もなくぬらして体を冷やし、粗末にするようなことはしない、というのである。
~ 天地総力をあげての お働き ~
道元禅師は『正法眼蔵随聞記』の中で、
「仏道の為には命を惜しむことなかれ、惜しまざることなかれ」
と説いておられる。われわれはこの小さな皮のつっぱりの中だけで生きているのではない。気づくと気がつかないとにかかわらず、天地総力をあげてのお働きを、この一身にいただいて生かされているのである。
その生命にふさわしい今ここの生き方をする。それを「仏道」という。この生命あってこそ、その道を学び、行じ、伝えることができる。その生命を惜しめ 「惜身命」――と説かれる。学び、行じ、伝えるために不惜身命でなければならないが、この身あってこそ学び、行じ、伝えることができる、この身を惜しめと示される。
両面から説かれるお心の深さをしかと受けさせて頂かねば、と思うことである。


