盛夏を迎えて(2026.8.1)

酷暑お見舞い申し上げます。
連日の厳しい暑さが続いておりますが、
皆さまには、暑さの中でもお元気にお過ごしであればと存じます。
8月は地域の行事や学校の活動も多く、屋外での機会が増える時期です。
熱中症対策をはじめ、体調管理には十分ご留意いただきたいと思います。
またお盆の時期には、帰省やご家族との集まりなどで移動が増える方も多くなると存じます。
交通量が増える季節でもありますので、どうか安全に気をつけてお過ごしください。
久しぶりに故郷へ戻られる皆さまにとって、心安らぐひとときとなりますよう願っております。
人生は 正師を求めての旅
― 如浄禅師滅後8百年によせて ―
月刊『致知」2026.8月号【巻頭の言葉】より引用
愛知専門尼僧堂堂頭 青山俊董

~ 如浄禅師と道元禅師に見る 出会いの不思議 ~
道元禅師が生涯の師と仰ぎ、お慕い申し上げていた如浄禅師が逝去されて、今年の八月は八百年を迎えるという。
道元禅師は二十四歳の三月、正師を求め人宋された。そのときの天童山の御住職は無際了派禅師であった。道元禅師はこの方にはついていこうと思われなかったようである。何も書かれておられない。
間もなく道元禅師は、師を求めて諸国遍歴の旅に出られる。「中国広しといえども、師とすべき人はいないのか」とあきらめかけたとき、新しく天童山に晋住された如浄禅師に会え〟と云って下さった人に出会い、再び天童山へもどっての、如浄禅師との初相見が、感動的に語り残されている。 道元禅師二十六歳、如浄禅師六十四歳、宝慶元年五月一日のことである。
「――― 航海万里 幻身を波濤に任せて、遂に大宋に達し、和尚の法席に投ずることを得たり。けだしこれ宿福の慶幸なり。 和尚、大慈悲、外国遠方の小人の願うところは、
時候に拘らず、 威儀を具せず、頻々に方丈に上りて、懐を拝せんと欲す (中略)、大慈大悲哀愍して、道元が道を問い法を問うことを聴許したまえ」
と百拝して申し上げる若き道元様に対し、
「元子が参問は今より已後、昼夜の時候に拘らず、著衣・衣、而も方丈に来りて、道を問うに妨げ無し。 老僧は親父の子の無礼を恕すに一如せん」
と如浄禅師は答えておられる。
航海万里、命がけで道を求めて入宋し、さいわいに師の下に参ずることができた。昼夜の別なく、支度もととのえず、 方丈に参じて質問することを許してくれ”というお願いに対し、道元さんよ。夜でも昼でもいつでもよい。支度もととのえなくてよい。質ねたいことがあったらいつでも方丈へ来なされ道元さんの無礼を許すことは、父親がわが子の無礼を許すようなものだ”というお言葉までいただく。 長年にわたり修行している多くの修行僧のいる中で、若い新参者の道元禅師との初相見の、何と感動的なことか。
三十年、四十年、五十年、人はそれまで人生をどう生きてきたか、その生き方の総決算の姿が今の姿であり、見る眼のある人が見れば、ひと眼でそれが見透せるというものであろう。如浄禅師と道元禅師の初相見がまさにそれといえよう。如浄禅師が天童山に住されたのはわずか三年。 その間の出会いであり、そのうちの二年余を会下随侍できた。出会いの不思議を思うことである。
~ 求道のアンテナを立てる ~
”人生は師を求めての旅〟といえる一面があろうと思う。道元禅師は師と弟子を大工材木にたとえて説いておられる。
どんなに良い材木でも、腕のない目のない大工に出会ったら台なしにされるであろう。たとえ節だらけで曲がった材木でも名工ならば節や曲がりをむしろ長所としてみごとに生かすであろう。ちょうどそのように
「正師に出会うことができなかったら、むしろ学ばないほうがよい」とまで、道元禅師は説いておられる。
ここで一つ心に留めておきたいことは、「切に求める」という求道心のアンテナが立っていないと、眼の前にどんなにすばらしい師がおられても、出会いは成立しないということである。
切に道を求め、師を求めるというアンテナが常に立っているかと、自らに深く問うていきたい。

