愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
新年明けましておめでとうございます(2023/1/1)

「ブラボー!」
 昨年末のサッカーワールドカップ大会に西条市出身の『長友佑都』選手が、今回で4度目の出場、伊予市出身の『鎌田大地』選手と共にチームの主力で大活躍。何よりうれしいニュースでしたね。

 しかし、長引く新型コロナ禍への対応、さらにロシアのウクライナへの軍事侵攻による国際情勢の緊迫化と貿易不均衡は、経済や国民生活に大きく影響し先行きが懸念されます。人々の価値観やライフスタイルなどあらゆる分野にも変革が迫られる厳しい新年の幕開けとなっています。

社会の活力源を守るために・・・。
 少子化と若者の流出に伴う「人口減少」は急務の課題です。

 近年、県も西条市も移住政策に力を入れ、昨年の愛媛県への移住者は、4910人と成果を上げてはいますが、毎年1万3千人規模で県民人口が減少しています。

 子どもを安心して生み育てやすい社会環境の充実。団塊の世代の高齢者も含め、私たちの身近なところでも増え続ける「1人暮らし」「ひきこもり」の孤立防止政策。「空き家・耕作放棄地」の対策などなども、社会再生への必須の課題です。

急速に進むデジタル時代への対応は、日常の生活様式をも変える原動力です。
 暮らしを支える産業経済活動の立て直し、医療・社会保障体制の再確立や、教育水準の向上など、全世代参加の「心豊かで生きがいのある安心社会」の実現のためにも、急速に進むデジタル化への対応力の向上を図ることが必要です。

 暮らしを支える産業経済活動の立て直し、医療・社会保障体制の再確立や、教育水準の向上など、全世代参加の「心豊かで生きがいのある安心社会」の実現のためにも、急速に進むデジタル化への対応力の向上を図ることが必要です。

『愛媛・西条』の「安全・安心・元気未来創造」を目標に、皆で頑張りましょう。
  私も愈々「後期高齢者」と呼ばれる年齢となりますが、「明日を築く情熱・謙虚な人情・経験の知恵」を失わず、これからも皆様と歩みを共にして頑張ります。

皆々様のご健勝ご多幸をお祈りし、新年にあたり「明比昭治」の所信の一端を述べましたが、引き続きのご支援とご協力をお願い申し上げ、ご挨拶といたします。

 
ボックス確固たる歴史観が問われる時代
                             
月刊『致知」2023.1月号【巻頭の言葉】より引用 
高千穂神社宮司  後藤俊彦
 
『わが国の建国神話「八紘を掩いて宇とせむ」』
 元日や神代のことも思はるる
 室町時代末期に活躍した俳祖・荒木田守武の句である。「年」という字は「稔」に通じており、上代の人々はお米の稔る期間を一年と考えていた。子供の頃、「年のはじめのためしとて 終わりなき世のめでたさを 松竹立てて門ごとに 祝ふ今日こそたのしけれ」というお正月の歌をよく歌った。

 年の始めに「終わりなき世のめでたさ」を祝うということは、国の始源ともいうべき神代を知り、民族の歴史と自らの生を関連づけてこその思いであろう。

 わが国最古の神話・歴史書である『古事記』『日本書紀』には、天地の初発の時、未だ混沌とした世界の中から一本の葦牙のように天之御中主神が生じ、神となり、その神を中心に万のものを結び合わせて生生化育する産巣日の神二柱が生じた。この三神は目には見えない働きをもち、次々に万物が生じた。
 
 その中から伊邪那岐・伊邪那美という陰陽二神が祖となって嶋や国を生み、山川草木をはじめ青人草が生み出されていった。やがて清められた国土に高天原を治す天照大御神の孫・瓊瓊杵尊が三種の神器と共に稲を携えて降臨し、その御子孫である神倭伊波禮毘古命(後の神武天皇)が「八紘を掩いて宇とせむ」との家族国家の理想をもって国家をおつくりになった、というのが、というのがわが国の建国神話である。

『国家の大計を忘れて思考停止に陥るわが国の現状』
 フランスやアメリカのように革命や孤立戦争を経て近代国家をつくった国々とは異なり、悠遠なる太古に国の起源を求めたのが記紀を編纂した当時のわが国人の歴史観であった。

 混沌たる宇宙自然の中から神が生ずるという記紀の描写は、17世紀のオランダに生まれた哲学者スピノザ「存在するすべての物は神の本性を一定のあり方で表現しているとして、宇宙自然そのものが神のすがたである」という考えと類似している。

 また神武天皇は国家建設と即位に際して
「自らが日の神の御子として正しい使命を貫けば刃に血ぬらずして仇共は必ず自ら敗れるであろう。そのように荒ぶる神等を言向け平和し、伏はぬ人等を退ひたひらけげて、国を授け給ひし天つ神の徳に応へ、皇孫(瓊瓊杵尊)の正しきを養ひたまひし心を地上に弘め、国民の利と幸福を実現してゆくことが聖の道である」と述べている。

 イギリスの歴史家が「国が行きづまった時には歴史に学べ」と言ったが、今日のわが国の国会論議やマスコミ報道をみると国家の大計を忘れて、実に些細な問題に過敏となり、重要なすべての思考が停止しているように思われる。

 除夜の鐘と共に1年の罪・穢を祓い清め、私共の父祖が生きた遠い神代を偲びつつ、国民こぞって新年を祝う習慣は夏のお盆行事と共に国民的神祭りであると思う。

『新たなる年の初めに文化の源流を学び直す』
 令和4年は終息しないコロナ禍をはじめ、年が明けた2月24日に始まったロシアのウクライナへの軍事侵攻、さらに夏の参議院議員選挙で遊説中に凶弾に斃れた安倍晋三総理の死など、国際的無法や暴力の前に、世界の法と秩序、平和と安全が脅かされた1年であった。

 ロシアの正当なき軍事行動は、昭和20年8月9日、わが国と中立条約を結んでいたソ連が、敗戦直前のわが国に突然宣戦布告し、満州から樺太にいたる当時の日本領内に侵入し、国土とそこに住む多くの日本人の命を奪ったことを思い出させた。

 現在、ウクライナは祖国防衛とロシアからの完全独立を目指して果敢に戦っている。ウクライナ国は紀元前5世紀頃のスキタイ文明を源流としている古い国家で日露戦争当時は遊牧民の伝統をもつコサック騎兵団で名を知られた勇猛な民族でもある。思想や言論の自由を踏みにじれば、道徳心や平和も損なわれ、国家は衰亡してゆく。

 今回の戦争をロシア正教会のモスクワ総主教は祝福している。小池光という人の歌に「カソリックより別れし東方教会に ヨーロッパを憎むこころあらずや」というのがあったが、文化の源流ともいうべき神話や宗教を含めて、わが国も確固たる歴史観が問われる時代を迎えたように思う。新たなる年の初めに、それらを学び直すことが重要ではないだろうか。

 今日のわが国の国会論議やマスコミ報道をみると国家の大計を忘れて、実に些細な問題に過敏となり、重要なすべての思考が停止しているように思われる


BACK