愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
厳しく新年を迎える(2021/1/1)

新年あけましておめでとうございます
本年もどうぞよろしくお願いします
 昨年は年初来、予期せぬ「新型コロナウイルス」の感染拡大により、日々の生活にも大きな影響を及ぼしました。

 全世界では、昨年中に感染者が約8000万人近い方が感染し、175万人を超える方が、亡くなられました。我が国でも約22万人の方が感染し、3200人を超える方がお亡くなりになりました。

 心ならずもお亡くなりになった方々にはまことに痛ましく、心からご冥福をお祈りし、感染治療中の方々には心からお見舞い申し上げます。

 一日も早く治療薬やワクチンの開発効果が発揮され、収束を願うばかりですが、ここにきてまたウイルスが変容し、感染力が増大しているとの報もあり、医療従事者など関係者の皆さんの心痛や現状を思うとき、感謝と激励の言葉を贈るばかりですが、頑張っていただきたいと思います。本当にご苦労様です。

コロナ禍でうけた反省点・問題点を教訓とバネに明日を切り拓こう
 私たちは自らの責任において感染防止に努め、社会経済活動も回復させることに、他人に頼りすぎの甘さの反省も込めて取り組み、このコロナ禍は私たちが真に大切にすべきものは何であるかを見つめ直し、今後の生活スタイルや生き様を想像してゆく必要があるでしょう。何より1日も早い終息を願うばかりです。

今年は牛年です。勇猛果敢に取り組みましょう。
 さて、昨年から積み残され延期されている「オリンピック・パラリンピック」の開催を何としても実行したいものです。

 スポーツ・文化の交流は世界共通の懸け橋としての重要な役割があります。
非常事態の中にありますが、長く続いた歴史と伝統をつなぎ発展させるのは人間界の責任でしょう。時によりあり方の工夫はいろいろな知恵が取り入れられるべきでしょうが、可能性へのチャレンジに挑み、進歩を追求するエネルギーを確かめることは、発展の原動力につなぐことです。メダルを目指して頑張るエネルギーを、失わせないように必ず実現しましょう。

ピンチの後には必ずチャンスが訪れる。
アフターコロナがイノベーションの起爆剤になるよう。
必要な挑戦には勇気を。皆々様のご健勝ご多幸をお祈りします。


 
ボックス巧言令色、鮮なし仁
   ~『論語』学而篇・陽貨篇    
      
月刊『致知」2021.1月号【巻頭の言葉】より引用 
JFEホールディングス名誉顧問 數土文夫
 
『国力衰退という重大危機に直面する日本』
 近年、日本の国際競争力が著しく低下しています。

 二〇二〇年六月に発表された国際経営開発研究所(IMD/スイス・ローザンヌに拠点を置くビジネススクール)の世界競争ランキング調査によれば、日本は二〇一九年の三〇位からさらに順位を下げて三十四位になっています。調査が始まった一九八九年から一九九二年まで四年連続で一位を占めていた頃の勢いは見る影もなく、二年連続首位のシンガポールをはじめ、香港、台湾、中国、韓国の後塵を拝しています。いまや日本の競争力はアジア・太平洋地域で見ても中程度の評価でしかなくなっているのです。

 日本が国力衰退という重大な危機に直面しているにも拘らず、国会ではこの厳しい現実について真剣に議論、検討される様子もありません。三十年足らずで首位から三十四位に転落した日本の、さらに三十年後を思うと、暗澹たる気持ちに苛まれます。

『『論語』に二度掲げられた詩』
 二千五百年前、中国春秋時代の末期、魯国の母子家庭に生れた孔子は、刻苦勉励して牧場の下級役人から昇進を重ね、五十一歳で大司冦(司法長官)に就任しました。著しい功績を上げたものの国内の政争に敗れ、かつ政権トップ層が敵国・斉から送られた女歌舞団に熱中する様子を見て、ついに魯国を見限りました。以来、自らの理想を実現せんと諸国で遊説を重ねること実に十四年。魯に帰国した時は齢六十八の老境に達していました。そして最晩年を古典の整理に費やすと共に、門弟の教育に身命を捧げ、七十三歳で生涯を閉じました。辛酸を嘗め尽くした人生であり、天命を悟った人生でもありました。

 私は二十歳で司馬遷の『史記』に夢中になり、そこから触発されて『論語』を繙きました。読み始めて驚いたのは、僅か五百余の短文節集の『論語』中に、次の文節が二度も出てくることでした。

「子曰わく、巧言令色、鮮なし仁」

孔子の特別な思いが込められている言葉に違いありませんが、どの解説書を開いても概ね「爽やかで色よい言葉、弁舌、また人をそらさぬ対応、顔つき、そんな人間ほど仁には遠い」と、簡単な説明しか為されていません。

 私は、「すくなし」に「少」ではなく「鮮」の漢字が当てられていることに深い意味があり、滅多にないハッキリとした少なさを示しているのではないかと浅慮を巡らせてきました。孔子は長い人生の中で、他人の巧言令色に幾度も煮え湯を飲まされてきたことでしょう。他者からの巧言令色を見極められず、騙されるのは愚かであり、とても仁者とはいえないと、自身にも門弟にも強く訴えていたのではないかと思うのです。

 井上靖の歴史小説『孔子』には、架空の弟子・篶薑に語らせる形で、孔子の第一級の言葉が七つ挙げられており、その筆頭が「巧言令色、鮮なし仁」となっています。彼がなぜこれを第一に挙げたのか、確としたことは言えません。ただ、幼くして両親と別れた井上靖は孔子同様に強い自立心、自尊心の持ち主であり、何より「言葉」の重みを大切にしていました。私は二十五年前、そんな井上靖の『孔子』に出会ったおかげで、この詞が『論語』に二度まで掲げられていることに納得できたのです。

『仁なき人、共同体、国は衰える』
  最近、世界中で横行する詐欺は巧言令色そのものであり、騙す者には仁がありません。某次官が座右の銘に掲げていた「面従腹背」も上司に対する巧言令色。弱者への配慮は当然です。しかし、自助より公助を安易に強調する政治家も巧言令色に見えます。

 さらには「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保存しようと決意した」と、世界の厳しい現実から乖離した日本国憲法こそは、国民に対する巧言令色の最たるものではないでしょうか。

 巧言令色に相対する術は、個々人が自主独立、の精神を実践することであり、それこそまさしく仁といえましょう。

 孔子は、人の基本は仁だと訓えています。仁なき人、共同体、国は衰え、斜陽化します。我が国が仁を取り戻し、三十年後に見事復活を遂げていることを私は願って止みません。


個々人が自主独立、の精神を実践することであり、それこそまさしく仁といえましょう。


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