愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
行事満載の今年の秋(2017/10/1)

いよいよ「64年振り愛媛で国体」・障がい者の「えひめ大会」が
開催される!
 第72回「愛顔つなぐ愛媛国体」が、天皇皇后両陛下をお迎えし開催される。
またとない機会だから、愛媛の色々をアピールできる機会になればよい。

 西条市でも5つの競技が会場となって実施される。
私はソフトボールの協会長をさせて戴いているのだが、少年女子の大会会場として協会一丸となってお手伝いをさせて戴く。
 審判員の養成についても2年がかりで資格を取って準備した。それで協会の役員なども若返りも図れ、良い機会ともなった。

 さて、選手も強化にも取り組んできた成果として、天皇杯の総合優勝を期待したいものだ。東京の選手層の厚さを破れるか?楽しみでもある。頑張れ愛媛選手団。また今年も選手団として入場行進にも参加させていただく。

「国難突破解散」、自民党公認「白石ひろき」必勝のご支援を!
 9月28日安倍総理は臨時国会を召集したものの冒頭解散、政府は10月10日告示、22日投票の総選挙日程を決定した。我が愛媛第3選挙区では同日程で補欠選挙が実施される予定で進めてきたのだが、これはもう消滅し本来の総選挙となった。我々は約4カ月先をにらみながら選挙準備をしては来たのだが、他の衆議院議員さんは何の準備もなく10日ほどで選挙になるので、大混乱のことだ。

 また、安倍総理の解散の意向発表の前に、東京都知事の小池さんが「希望の党」の政党の設立を発表、東京都知事選挙から先の東京都議会選挙での「都民ファースト」の会の余勢でまた小池旋風をふかし始めた。
これに煽られたか「民進党」はこの総選挙に向け候補者の公認を取り消し、事実上解党したようなもので、小池さんに拾ってもらえるのなら、希望の党に公認をお願いするということになったそうだ。名刺もチラシも選挙までに間に合うのか?間に合うはずもない!党としての役職など組織の体もなしてなく、党首がひとり語りで、あとはばらばらの集団だから・・。

 野党第1党の「民進党」が、恥も外聞も肝心の政策理念も捨てて、小池さんにひれ伏しているのだが、国会議員になるためには政治理念も節操も必要がないという事なのか?こんな政治屋がごろごろしている国会になってしまってはこの国の「希望」どころか未来はない。自民党が強すぎるから気にいらん!それも解るが本当に信頼できる選択肢の持てる政党がどこなのだろう?
子供の喧嘩のあてこすりのような次元で国政を論じてはならないだろう。

実りの秋を祈り、感謝して氏神様の「秋の大祭」
 何といっても、幾つになっても秋祭りは「西条っ子」にとってはかけがえのない祭りだ。今年も良き祭りであって欲しい。
 あいにく今年は衆議院選挙の真っ最中であるが、祭りばかりは疎かにするわけにはゆかない。選挙は期日前投票という手がある早く投票に行き、心配なく氏神様に奉納・奉仕に力を抜かず頑張りたい。さすれば大神様も守ってくれ、勝利を導いてくれることだろう。
 
ボックス一人ひとりが明るく生き生きと生きて行ける
       
      
月刊『致知」2017.10月号【巻頭の言葉】より引用  鍵山秀三郎(日本を美しくする会相談役)  
 
『オリンピックの話題がなぜ盛り上がりに欠けるのか』
 東京オリンピックの開催まで、あと約3年となりました。
本来ならば、日本国民の期待が日を追って高まり、明るい共通の話題として、私たちに希望と元気を与えてくれているはずです。
ところが最近は、東京への招致が決まった頃のあの熱気もすっかり影を潜め、国家の一大行事にしてはマスコミの報道も些か盛り上がりに欠けるように感じているのは、私だけでしょうか。

 私は、前回の東京オリンピックが開催された頃の、国中が沸き立つような熱気を肌で感じてきた世代であるだけに、余計に当時との落差を痛感しています。
これは、他の大事件の陰に隠れてしまったことによるものではなく、オリンピック各競技の開催地の選定や施設建設費用、請負業者の決定過程がすべて不明瞭かつ不明朗で、国民の不信感や不快感を招いていることが大きな要因ではないかと私は見ています。
しかも、新国立競技場の費用の問題が浮上した際には、責任者として決定をしたはずの人たちがこぞって
 「私は知らなかった」
 「自分は決定する立場にはなかった」
といった言い逃れをし、この重要な案件を一体いつ誰が決めたのかさえ分からないまま今日に至っています。
これはオリンピックの問題に限らず、築地市場の移転問題も同様です。
国民に真実が明かされないまま、いつの間にか闇に閉ざされていく問題があまりにも多いため、いつの間にか闇に閉ざされていく問題があまりに多いため、人々の心が晴れやかにならず、生気を損なわれてしまっているのだと思うのです。

『今の日本の風潮をつくっているもの』
 残念ながら、日本という国がいま、心情の上で着実に毀損、衰微しつつあることを私は痛感しています。例えば、いじめの統計数字は毎年一年遅れで発表されていますが、いくら数字を分析したところで、いじめは減るどころか増える一方であり、しかも陰湿化し続けています。
 いじめに限らず、他者への配慮、特に弱い立場の人への思いやりに欠ける行為が増え続けていることは、統計の数値には表れませんが、いまの世相を見れば明らかです。

 私は、先般体調を崩して以来、自分で車を運転することを控え、タクシーやバスを利用することが多くなりました。夕クシーの運転手さんと話をしていて感じるのは、些細なことに過剰とも言える文句をつけてくる悪質な乗客が増え、過大なストレスを抱えておられる方が多いということです。目的地に着く直前に料金が加算されたことに激高する乗客もおり、どうにも収まりがつかないため、やむなく運転手さんが自分で費用を負担することさえもあるとのことでした。

 私も先日バスに乗っていた時、乗車してきた老人が、時間どおりに来なかったと言ってステッキを振り上げ、ものすごい剣幕で運転手さんを怒鳴りつけるのを目の当たりにしました。
 運転手さんに限りません。いまは飲食店でも、老人ホームでも、利用者のあまりにも無法な振る舞いに耐えられなくなり、貴重な社員か次々と辞めていってしまうといいます。些細なことにも不満を抱き、文句を言って人を困らせ、相手をとことん叩いて自分の憂さを晴らそうとする。そういうわがままで、意思の抑制を失った人がいまの日本では増え続けているのです。自由・権利という言葉だけが増幅する一方です。

 一つひとつの出来事は、社会全体から見れば刑法に触れるようなことではなく、小さな取るに足らないことのように見えるかもしれませんが、当事者にとっては大変な問題です。そうした小さな問題が積み重なっていまの社会全体が行き詰まった風潮になっているのです。これは実に恐ろしいことであり、このままいくと日本の将来はどうなってしまうのかと思うと、私は暗澹(アンタン)たる思いに苛(サイナ)まれます。

 こうした悪しき風潮を改め、日本人が明るく、生き生きと生きていくには、各界のリーダーが弱者に対する配慮を欠かず、自分の持ち場でしっかりと責任を果たし、人々の期待に応えていく以外にないと私は思います。リーダーが立派な姿勢を示していくことによって、人々の心もよい方向に導かれていくと思うのです。日本人が本来の美質を取り戻し、そして一人ひとりの誠実な働きが十分生かされる社会になることを、私は願って止みません。


 弱者に対する配慮を欠かず、自分の持ち場でしっかりと責任を果たし、人々の期待に応えていく

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