愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
試練に立つ! (2016/4/1)

自民党愛媛県連「幹事長」に就任しました。
 去る2月29日に自民党愛媛県支部連合会の常任総務会において、平成28年度の執行部役員の「幹事長」として内定、3月26日の県連党大会において会長に「塩崎泰久」(衆議院議員:再任)、幹事長に「明比昭治」(県議会議員)、総務会長に「森高康行」(県議会議員)、政調会長に「徳永繁樹」(県議会議員)の党4役が承認決定され就任しました。(なお、執行部に幹事長代行として「高山康人」(県会議員)も併せて承認された。)

 1昨年は任期最終年度であったが『県議会議長』をさせて戴き、改選後の昨年は県連「総務会長」として執行部役員をさせて戴きと、県議会議員として5期目を務めさせていただいておりますが、4期となって以降は毎年、議会での要職、党務でも要職をさせて戴いてきました。
 議員として政治に関わるものとしてやる以上は避けてはならず、積極的に取り組ませていただいているが、本当にありがたく、支えて戴き、またご指導やご協力を頂いている、家族、後援会支援者、同僚、行政関係者、国会議員の皆様などすべての方々に、感謝の気持ちで一杯です。

 「幹事長」とは筆頭家老の役務で、県政最大与党として知事執行部との連携、基礎自治体の首長・議会との連携、さらには県内各業界団体などとも連携を図り、国政ともつなげてゆく重要な役務である。極めて重い任務であるが多くの仲間とともにしっかりと誤りのないかじ取りに努めてゆきたいと決意するところだ。
 地方にとっては何より「経済的生活基盤の確立」いわゆる『地方創生』による実需の創出が何よりの課題だ。積極的に知事もトップセールスに務めているが、議会としても取り組みたい。
また、取り残されている地方の社会資本整備についても防災・減災の重要性からも取り組まなければならない。
とりわけ人口減少対策は、健全な国土保全の意味からも過疎化・限界集落・集落消滅を避けねばならず、若者が定着できる魅力や意義を生み出す施策が求められる。
ますます、厳しくなる地方の生き残りへの活力創出のため頑張りたい。

 また、今年は7月に参議院議員の半数が改選される年であり、選挙への取り組みも「選対本部長」として大きな役割がある。もしかすれば衆参の同時選挙となるかもしれないなどともいわれている。7月まではこの対応・対策が最重要課題となり、気を休めることになりそうもない。
県下では合併後12年目を迎え、首長選挙も続く、県連としては首長選挙に直接手を入れる関わりせず、それぞれの地域住民の意思を尊重して民主的に選ばれることを見守っていたいのだが、西条市も市長選挙が11月に、西条市議会議員選挙は来年の4月にと迫ってくるので、市民としての関心・「西条市選出の県議会議員としての役割」をわきまえながら取り組まなければならない。

 まずは、「戦争反対!」などと中身も問わないで目先の感情論で投票行動に走り、10年先・20年先になっても同じような議論を行ったり帰ったりして状況が進展しないで周辺から取り残され、市民・国民の生活がますます立ち行かなくなる愚行を絶対に繰り返さないよう、冷静で社会人としての責任の自覚を深めた行動を切に願うところです。
18歳から選挙権が行使されることになるスタートの年でもあり、健全な大人の行動をみんなで見つめたいものだ。

4月は新年度新しい気持ちに立ち返ってスタートしましょう。
どうか皆さんよろしくご協力のほどお願いします。


 
ボックス本(もと)を務める
  
       
      
月刊『致知」2016.4月号【巻頭の言葉】より引用  伊與田覺(論語普及会学監)
 
『生き方の基本を教わっていない現代人』
 私が七歳の時に『論語』の素読を教わりました。
いまの方には特異な体験のように映るかもしれませんが、昔は決して珍しいことではありませんでした。日本人初のノーベル賞受賞者である湯川秀樹先生は、学者の家系に生まれたこともあり、学齢前に素読の手ほどきを受けておられます。安岡正篤先生もやはり小学校に入る前に素読を教えられています。

 世界的数学者の岡潔先生は、幼い頃に『論語』をはじめとする様々な漢籍の素読を教えられたと述懐なさっていました。岡先生が数学者でありながら優れた随筆を多数残されたのは、そのことと決して無関係ではないでしょう。
あの時代の人々は、一つの教養として『論語』の素読をやったものですが、戦後はほとんどの人が『論語』と無縁になりました。これはGHQの占領政策に起因するものであり、それに伴って家庭や学校で生き方の基本が教えられなくなったため、いまの人は社会に出て要職に就いた時に、方途が分からなくなってしまうのです。
日本の道徳の根本を教えるものは、やはり『論語』なのです。

『安岡正篤先生の知られざる生き方』
 『論語』の学而(がくし)第一に次の一節があります。
「有子(ゆうし)日(い)わく、其の人と為(な)りや、孝弟(こうてい)にして上(かみ)を犯すを好む者は鮮(すく)なし。上を犯すを好まずして亂(らん)を作(な)すを好む者は未だ之(こ)れ有らざるなり。君子は本(もと)を務(つと)む、本(もと)立ちて道生ず。孝弟なる者は、其れ仁(じん)を為すの本(もと)か」
 (有先生が言われた。「その人柄が、家に在っては親に孝行を尽くし、兄や姉に従順であるような者で、長上に逆らう者は少ない。長上に好んで逆らわない者で、世の中を乱すことを好むような者はない。

 何事でもまず本を務めることが大事である。本が立てば、進むべき道は自ずから開けるものだ。したがって孝弟は人徳を成し遂げる本であろうか」)
 有子という人は、孔子に早くからついた弟子でした。行いも立派で、孔子亡き後、その学問の後継者として弟子たちが皆で守り立てようとしたほどの人物でした。
その有子が、立派な人物になるためには本を務めることが大事であると説いています。本、すなわち人間の道における一番の根本がしっかりと立つことによって、そこから本当の道というものが生じてくるというのです。

 では、人間の道における一番の根本は何でしょうか。最も身近なところでいえば、親に孝行を尽くし、年上の人に素直に従うということです。これは孔子の教えを有子が代弁しているものと受け止めてよいと思います。
 この頃は、人間は平等だということが殊更(ことさら)に喧伝(けんでん)され、長幼の序が軽んじられるようになってきました。しかし、私たちには社会生活を営む上でそれぞれに位置があります。親の前に行けば子供であり、子供ができれば親になる。その位置に応じて相手と適切に向き合うのが人間というものです。
 安岡先生は、年老いたお母君のために、長い間世の中との交わりを断って看護なさっていました。『論語』の一番の根本であるところの「孝弟」を、ただ言葉で説くのではなく、行動で示されたのです。安岡先生を通じて孔子の教えを見ることができるわけです。

 安岡先生といえば、歴代総理の指南番とも謳われ、終戦の詔勅に手を入れ、平成といり年号を創案した人物として知られていますが、その内面的なことを知る人は少ないようです。私はそうした安岡先生の真摯な生き方に、本を務めることの大切さを一層実感させられるのです。
人間の道における一番の根本は何でしょうか。
最も身近なところで言えば、親に孝行を尽くし、年上の人に素直に従うということです。

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