愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
謹賀新春!(2016/1/1)

皆様お揃いで清々しい新年を迎えでしょうか。
2016年(平成28年 丙申)今年も宜しくお願いします。
 昨年は県議会議長として新年祝賀の儀に元日皇居へ参内し、陛下とともに国の平安を願って平成27年をスタートし、私にとって人生最良の年でした。
 4月には統一地方選挙で改選期でしたが、現職の議長として恥ずかしくない選挙結果を出さねばとの意気込みで、後援会の皆さんの力強い支えもいただいて、見事西条市選挙区(定員4人)でトップ当選を果たすことも出来ました。27歳で西条市議会議員とさせていただき、以来11度目の選挙でしたが、トップ当選は初めてです。

 当選後は県議会議員としても古参の方になり、自民党会派の総務会長の役職をいただき、党運営のまとめ役をさせていただいています。愛媛県政でも最大の政治判断を求められる「伊方原発」の再稼働合意の議会としての意思表示を明確に9月議会では纏めさせていただきました。
 地方の衰退に歯止めをとの掛け声で進められた、平成の大合併から10年たち、地方課題として一層疲弊が進んでいて、人口減少の歯止めがきかない。
 景気の回復も地方にまで及ばず、地方自立の活路を地方は自ら生みださないと、くにの知恵や交付金に頼るばかりだと、公債費がますます膨らむばかりで、破滅の道へ転がり込んで行きかねないだろう。

 愛媛では知事自ら先頭に立ち、組織としても「営業本部」を立ち上げて県内産業の営業力バックアップに取り組み、徐々に成果もあげている。
我々議会としても「チーム愛媛」の一員として、可能な限り協力し県民力を上げて行かなければならない。
 来月も私は知事と同行して、マレーシアへの販路を求めてのプロジェクトに協力する予定だ。
TPPにより国内の農産物などへの打撃が心配され、後継者不足に拍車がかかる懸念などが農協関係組織から厳しく主張されており、確かに想定される問題には補てん策が必要だが、一方では「安全・安心・美味しい・美しい」日本の農作物は日本食が世界中でもてはやされているのだから、並行して輸出で攻め込むチャンスは大いに間口があるのだ。ここに攻めの戦略で追い上げたいものだ。
 事実成功例は最近いくらでも伝えられている。
 これら日本のブランドを求めて、外国人観光客も増え続けている。悲観ばかりせずプラス思考で、しっかりとした基礎地盤を今作ろう。

 昨年は「安全保障関連法案」を国会で改正し、抑止力の向上が図られた。
安倍政権が「一億そう活躍社会」を標榜し、地方創生・人口減少対策・安心子育てと女性活躍の場の確保などなど、これから国会でも説明や討議がなされ、予算を確定して明るい展望が開ける年にしようではありませんか。
念頭に当たりのご挨拶と致します。
本年も宜しくお願いします。
 
ボックス道縁に導かれた人生
  
       
      
月刊『致知」2016.1月号より引用  伊與田覺 ( 論語普及会学監 )
 
『「論語」との出逢い』
 縁とは誠に不思議なものです。図らずも100歳となったいま、これまでの人生を振り返りつくづくそう実感しております。
 私は大正5年に高知県の片田舎に生まれました。4人目にして初めて授かった男の子であったため、家族からは大変溺愛され育ちました。とりわけ愛情の深かった母は、私をあちこち連れ回しては、「この子は将来学校の先生にします。」と吹聴し、学校に頼み込んで私がまだ学齢に満たないうちから見習生として小学校に通わせたほどの入れ込みようでした。

 ところが7歳の時、その母が病で急逝してしまったのです。私の悲しみは深く、いつまでも泣き暮らすのを心配した父の計らいで、叔父から『論語』の素読を指導してもらうことになりました。
 与えられた『論語』の白文は、意味はさっぱり分かりませんでしたが、韻を踏んでいて声に出して読むと何とも心地よく、夢中で素読を繰り返すうちに悲しみも癒え、小学校3年生のころにはほぼ暗誦していました。

 『論語』の素読は私の人生から切り離せない日課となり、100歳になった今日も続けております。
師範学校に通っていた時には、私が『論語』を暗誦しているのを知った漢文の池永義堂先生から家族のように可愛がられ、ご自宅の蔵書を自由に読ませていただけるようになりました。それはほかの先生にも及び、そのうちのお一人、長沢準平先生を通じて、生涯の師となる安岡正篤先生と巡り合うことができたのです。

 早くに母を失ったことで『論語』と出逢い、また『論語』を通じて安岡先生とのご縁が結ばれたことに、人生はこの不思議な縁というものに導かれて開けていくことを実感させられるのです。

『安岡正篤先生 最後の言葉』
 道を志すことによってもたらされる縁を道縁といいます。安岡先生とのご縁はまさに『論語』を学び、孔子の説いた道を歩むことでもたらされた道縁といえるでしょう。そしてその道縁は、安岡先生との出逢いによってさらに広がっていきました。

 孔子直系の第77代嫡孫に当たる孔徳先生もそのお一人でした。
孔徳先生とは昭和49年、私が手掛けていた青少年教育の一環で論語堂を建設した際、堂に掲げる孔子像の除幕式にご臨席いただいた時からの付き合いでした。当時国交断絶していた台湾から徳成先生を招聘することは願うべきもならないことでしたが、かねて台湾政府からも信頼の厚かった安岡先生の名に免じて渡航が認められたのでした。
 私はその後、徳成先生と親しく交流を重ねていく中で、お姉さまで政府の要職を務められていた孔徳懋先生から日本の兄弟とまで言っていただき、そしていま、徳成先生のお孫さんに当たる第79代嫡孫の孔垂長先生とも大変懇意にしていただいています。

 道縁は時代を超え、民族を超えて相通ずるものです。2500年以上も前の孔子に連なる道縁によって、血縁はなくとも兄弟のように浸しく交わることができるのです。
 私に貴重な道縁をもたらしてくださった安岡先生は、昭和58年に86歳でお亡くなりになりました。最晩年に入院されていた病院に、私はしばしば山のきれいな水を一升瓶に入れてお見舞いに伺いました。先生はその度に口癖のように、「道縁とは不思議だね。」と繰り返されていました。そして、亡くなる前日、私が先生の手を揉んでいると、「道縁は無窮だねぇ」とおっしゃったのです。道を志す者の縁はきわまりない。それが安岡先生から伺った最後の言葉でした。
 私の中でこの安岡先生の言葉は、年々重みをもって迫っているような気がいたします。これからも縁の尊さ、ありがたさを心に刻み、歩んでまいりたいと願っております。

~ 道を志すことによってもたらされる縁を道縁といいます。道縁は時代を超え、民族を超えて相通ずるものです ~


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