愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
日本人の心を取り戻そう!(2015/10/1)

共存の精神はどこへ行ったのか?
日本中の神々が集結し、嘆かれるのでは?
 神無月とは日本中の神々が、出雲に結集され天下泰平・世界平和を念じて協議をいただき、あまねく諸国の安泰を念じていただく月である。
やはり美しい心は祈り・感謝から発せられるものだということを、まず確認しよう。

 この度、二度と戦争を起こさない、そして国民の命と平和な暮らしを守るため、世界中の友好国との信頼関係を深める外交力を持つための、平和安全法制が成立しました。
この審議に当たり、最初から戦争法案だ!憲法違反だ!徴兵制を生むものだ!と現実を認識もせず、飛躍した論旨と態度で、解かりにくいと言いながら入口から議論にさえ入らない態度で、国会での大人げないパフォーマンスのみの審議とし、マスコミもこぞって反対・反対と煽り立て、国会を取り囲み「安倍政権ノー」「戦争反対!」のプラカードを持ったデモ隊の様子を、世界中に向け発信し、独裁政権で軍国主義に突き進むかのような印象を、国内においても諸外国においても与えてしまったのではなかろうか?このデモにより日本に対する信頼度を貶めたことは非常に残念であるし、これからの信頼回復には大変なエネルギーが必要となるだろう。

 こんな状況をつくって誰が喜び、誰に利することになるのだろう?結局は中国の大国覇権に利用されるばかりとなる。歴史認識を日本に注文を付けながら自ら「反日交戦勝利70周年」などと、戦果を強調し、いまもウイグル・モンゴル・チッベットなど中国周辺で、領土拡大のため軍隊が殺戮を繰り返している。自分の非を認めない中国にこそ利して脅威となるだろう。尖閣周辺・南沙諸島の状況をもっと国際の監視に晒すようにしなければならない。

 若い人が今回日本の平和の有りようについて、デモやその他の機会に自らの責任を感じ、行動を起こし始めたことは非常に良いことで、責任ある社会人として真実や現実をしっかり学び、安全・安心、みんなで豊かさを享受し、将来に責任をもって送れる社会建設に取り組んで欲しいと期待するものだ。

 地域の鎮守の森の秋祭りでも、平和と五穀豊穣を祈り、感謝を
捧げよう。


 ともかく我欲に走らず、感謝と敬意の真心があれば争いは解決する。被害が起きて途方に暮れるようなことにならないように、備えも大切だ。
自助・共助・公助の姿が、機能し反映される社会を大切にしよう。

 
ボックス日本を不思議な国から当たり前の国に
  
       
      
月刊『致知」2015.10月号より引用  鍵山 秀三郎( 日本を美しくする会 相談役 )
 
『名歪められた日本の歴史』
 日本は不思議な国です。なぜかといえば、世界に中で自分の国の美化を図って、歴史を改ざんする国は少なからず存在しますが、 他国の干渉や圧力に屈して歴史を歪め、改ざんさせられている国は 日本だけだからです。
 いまなお一言一句に至るまで干渉され、それに唯々諾々と従っているのですから、不思議な国だと言えましょう。

 日本人でありながら、外国の干渉をそのまま受け入れて自分の母国を貶すことが、あたかも正論であるかのように主張する学者やマスコミがおり、政治家の中にまでいることは嘆かわしいことです。
 しかも、このような主義を唱える輩は、母国を貶める意見がいかにも進歩的な思想であるかのように主張するのですから始末に負えないのです。このようなごく一部の輩の意見によって歪められ改ざんされた歴史を、教育という大事な場をとおして国民に浸透させてきました。その結果、誤った歴史を正しいと信じているのは世界の中で日本人だけとなりました。
そして、日本人は非人道的で残虐な民族であるという、国際的なレッテルを貼られつつあり、日本人でさえそう思い込むように教えられてきました。これは実に恐るべきことです。

『世界に誇れる民族性を取り戻す』
   戦後70年もの間、この誤った歴史が親から子へ、先生から生徒へと語り継がれ、やがてすべての国民が誤った歴史に漬けられてしまうものと危惧しております。
 日本の周辺国がなぜ必要に干渉し続けるのかと言えば、日本人が正しい歴史を学んで、自信のある国民になってほしくないからです。

 十七世紀のフランスの文学者として知られる ラ・ロシュフーコーが、
人は他人の心中を忖度することは好きだが、自分の心中を忖度されることは好まない、と言っているように、日本の周辺国は自分にとって疎ましい存在である日本に対して干渉することは大好きであっても、自国がやっていることに干渉されるのは大嫌いで、拒絶するのが常套手段です。
 このような国の干渉の尻馬に乗って、自分の祖国を貶める輩に、強い嫌悪感を抱く私は間違っているのでしょうか。

 私は一個人として何事にも堪えることができますが、国家が誤解を受けたり、辱められたりすることには堪えることができません。それは祖先や子孫に申し訳のないことであり、後世になって取り返しのつかないことでもあるからです。
 日本人に備わっている‘奥ゆかしくて争いを好まない‘という特性は、実に美しく世界に誇れる民族性でありましょう。
 しかし、国家が辱められるという重大事に直面しているいま、「ハイ、そうですね」と、譲り続けてはいけません。

 いま、周辺国の陰謀によって悪化しつつある国際的な評価に正しい主張をしてまいりましょう。

 
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