愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
戦争はしてはならない!巻き込まれてもならない!(2014/7/1)

男子サッカー日本代表ワールドカップで1勝もできず!
反省し次への飛躍を期待する。
 4年前のワールドカップでは、ベスト16までの成績を残せ、世界に日本のサッカーを知らしめたが、その後今回の大会に向け外国チームに移籍し、技術やメンタルを磨いてきた選手も多数生まれ、「ザッケローニ」という世界に名の知れた監督も迎えて備えてきた。
選手もこの大会に自分のサッカー人生をかける思いで取り組んできたし、取り組んでいると思うが、日本中の期待に応えることができず、1勝も出来ず予選リーグで終わった。

 アジアチームのすべてが予選リーグで敗退しているが、一方では南米のチームがブラジルという地の利(気候になじむ)をもって決勝トーナメントに勝ち残った。
人口何百万人の国さえあり、国の大小は関係ないようだ。要は勝つためのパワーを付けなければならない。華麗な技だけではない。美しいことはいいことだががむしゃらさもいるのだろう。4年後を目指して気持ちも切り替えて、世界を目指す若者の力を生かす「日本」チームの育成にさっそくかかってほしいものだ。

戦争への道へ進むことだけは許せない!
 先に通常国会が閉幕した。アベノミクス効果が消費税の増税により、せっかく好転した流れを止まりはしないかと心配されたところであるが、その危惧はみなさん織り込み済みで対応されたのか、大きなマイナスとはならず順調に日本経済が回っているようで一安心だ。

 その一方で、安倍総理は比較的安定した内閣支持率と、安定多数を確保した与党を背景として、集団自衛権の政府見解を拡大させ、自衛隊を海外での活動の範囲をひろめようと強硬に出ている。日本の主権を守り、国民の生命・財産・人権を守るのは国の責任であることはわかるが、その時におかれた状況にも拠るだろう。しかし、軽はずみに相手の挑発に乗り、引き込まれては絶対にならない。

 政府が安易に戦争に引き込まれるような事の無いよう「戦争に巻き込まれるだけは決してないようにしてほしい。

議会での野次と議員の質の向上をみんなで監視しよう。
 先ごろの東京都議会で女性議員の少子化対策についての一般質問発言中に、「自分が結婚せよ」とか「産めないのか」など、女性を愚弄するような発言があり、ニュースで取り上げられ、外国メディアまでもが報道され、日本社会の女性がまだまだ対等の権利者として生かされていない面がクローズアップされた。

 人権問題・男女共同参画問題・少子化対策の問題など、これまで大事な政治課題として取り組まれ、今も安倍内閣では女性の社会進出を促す政策を柱として取り組んでいる。
そんなことは誰しも知っているし、政治家なら尚のこと重要で慎重な論議が行われる課題の認識は当然のことで、いまだ時代感覚さえ疑われる野次で言語道断だろう。
わたしも野次(不規則発言)を議会ですることがあるが、それは気持ちが発言者とつい一体になって「その通り!」とか発してしまうものである。

 白熱した議論で実を生む論を後押しし、場が和むような野次はいいと思う。
相手を罵倒し、批判嘲笑することは場を壊し、発言者を傷つけることとなり、厳に慎まなければならない社会のルールくらいはわきまえた人格者の集まりで、議会は構成されなければならない。それも選挙で選ばれるのであるから、やっぱり主権者である国民一人一人がしっかりと社会人としての資質をわきまえ、さらにそれを高めるリーダーになれる人を政治家として、選挙で選び監視をしていく必要がある。

 面白おかしく、時の話題に乗った薄っぺらいタレントまがいの人を選び、社会のリーダーとあがめるようなことはもう止めよう。
前の部分で述べたように、訳もわからず国家の主権や平和を脅かされながら、何にも感じないような政治家を監視しなければ、自分の命がやがて脅かされることにも繋がるのだ。

 
ボックス淡にして事を成し 甘にして事をこわす
  
       
      
月刊『致知」2014.7月号より引用=牛尾治郎(ウシオ電機会長)
 
『楽観主義は意志によるものである』
 フランスの哲学者・アランの名著『幸福論』に、「悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。」とあります。

 悲観主義のほうが知性的であるとして重きを置く向きもありますが、アランはその深い人間洞察により楽観主義の本質を鋭く捉え、人の生き方に示唆を与えてくれています。
 
 我が国ではいま、安倍政権の掲げる三本の矢(大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略)からなる積極的な経済活性策が、アベノミクスの呼称を得て高い支持を集めています。
 
 これまでの政権下で続いていた、慎重さゆえの暗さ、大胆さのない経済に嫌気がさし、楽天的なリーダーシップ、アラン風にいえば、強い意志を持った経済政策を待望していた国民感情に、安倍政権は上手く応えているといえるでしょう。
市場経済というものは本来、企業を担う経営者が前向きにチャレンジする場であり、楽観と楽観が戦い、最も強い楽観が生き残る制度であるともいえます。

 アベノミクスには、市場がそうした本来の活力を取り戻す効果が期待されます。
 約30年前、ジャパン・アズ・ナンバーワンと謳われた絶頂期の日本経済を支えていたのは、企業のTQC(全社的品質管理)運動でした。

 これは各職場の抱える問題点を様々な工夫改善を重ねて克服し、その優劣を競うことによって全社の活性化を図るものです。

 そこで最も優れた成果を上げた職場が、翌朝にはその最高の状態をあえて最低ラインと考え、さらに改善努力を重ねたというエピソードもあるくらいに徹底した取り組みでした。
もう一つ、多くの日本の経営者の精神的拠り所となったのが、アメリカの経営学者ピーター・ドラッカーの哲学でした。

 ドラッカーは、決断に際して4つの優先順位というのを説いています。

 第一に、過去ではなく未来を選ぶ。
 第二に、問題ではなく機会に焦点を合わせる。
 第三に、横並びではなく独自性を持つ。
 第四に、無難で容易なものではなく、変革をもたらすものを選ぶ。

 そして、この4つを選ぶのは見識ではなくリーダーの勇気であると主張しています。
この勇気こそは、楽観主義の最たるものといえます。
『為すべき事を淡々と、着実に』
 これに対してアメリカは、日本が主に製造現場で実践したTQC運動を、経営管理や販売活動などのホワイトカラー業務に応用し、リエンジニアリングと称する経営革命を実践して巻き返しを図りました。

 例えば、デルやヒューレット・パッカードといった新興パソコンメーカーは、パソコンに精通した顧客に対しての簡略化した安価なサービスを提供することによって、競合他社の約半分という大幅なコスト削減を実現して飛躍を遂げました。

 一方、日本のホワイトカラー業務の効率化は十分に進まず、それが長い停滞の一因ともなりました。
 しかし逆に言えば、そこを克服することで再成長を図ることもでき、日本の可能性はまだ十分にあるともいえます。

 アベノミクスの楽観主義に徹した強い意志を持った政策によって、その可能性が広がっていくことに期待したいと思います。

 生前懇意にしていただいていた大平正芳(おおひらまさよし)元総理は、
 「淡(たん)にして事を成し、甘(かん)にして事をこわす」という言葉を残されました。
淡々と着実に事に当たれば成功するが、甘くなれば失敗するという意味です。
“厳”ではなく“淡”という言葉を使われたところに、大平さんの深い洞察が感じられます。楽観主義が陥りやすい欠陥は、甘になることです。

 東京オリンピック・パラリンピックの招致決定など、近年にない明るい話題に日本が沸いていますが、私たちはここで甘に陥ることのないよう、為すべき事を淡々と、着実に実行していくことによって、日本の再生を確実なものにしていかなければなりません。

 
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