愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
日本再興へ輿を据えて取り組め(2013/8/1)

残暑お見舞い申し上げます。 衆参のねじれを解消!与党が過半数を確保!(参議院選挙の結果) しばらくは選挙を考えず、選挙目当ての政策で大局を見失う事なく、日本再興大道を求めてしっかり歩もう!

 暑い中、熱く戦った参議院議員の121議席(半数)を改選する、第23回通常選挙が7月21日投開票で終った。
結果は自公が76議席を確保、改選前の59議席と合わせ、135議席を確保し、121の過半数を超え、昨年改選された衆議院の定数480議席中、自民単独でも294議席と過半数の240議席をはるかに超えた。

 いわゆる衆参のねじれ現象が続き、国会が適時適切な国の方向を決められない状況が続き、国際的に諸外国からも信頼関係を危うくしかねない状況が続いていたのだが、これでやっと解消されたので、10年来の政治的空転と空白を取り戻すべく、しっかりとした日本再興の道を切り開いて欲しいと切に願う。
今回の結果は選挙民が、学習をして認めた結果といえよう。この10年は本当に空しい時間と政治状況だった。選挙目当てのパフォーマンスばかりに焦点を当てられ、無責任で国益を損なうばかりであった。この責任はマスコミにもあると思われる。批判の眼も必要だが、国益を守るべきよき事を賞賛する姿勢も大事だ。

 ただ自民党も数に溺れてはいけない、権力ばかりを求めてはいけない、役人に踊らされない見識を磨かなければならない。嘗て長期政権ゆえに制度疲労で綻んでいった事を肝に銘じて、決して悪弊に先祖がえりすることなく、常に謙虚で建設的な姿勢で臨むべきだ。

地方はこれから正念場を迎える!国の責任は何だろう?

 国や地方の莫大な債務の負担を軽減しないと、少子高齢社会は乗り切れないと、平成大合併で地方の行政事務の合理化などを、国が音頭を取ってすすめたが、合併10年を経過し、これから特例債事業の返済も始まり、また積み残しや歪で新たな課題が生まれ、これの解決に財源が必要となるなど、地方はますます細って行かざるを得ない状況に追い込まれそうだが、国土の均衡ある発展がなければ、国の発展は無い。地方の財産を生かすことこそ大事な政治の課題と役目だ。それぞれの地方が健全で、互いに連携して均衡を図れる網目を組み立ててゆくことが大事だ。
 愛媛のよさ、西条のよさを、留まることなく磨いてゆく必要がある。みんなで共通意識を持って取り組もう。

瀬戸内海にアサリやバカ貝、オオノ貝を蘇らせよう

 自然を相手といえども、生息する生物を保存維持するためには、よき環境を創らなければならない。環境を悪くするばかりでは絶滅させてしまう。
環境保全の思想の普及や、運動の高まりの成果か、瀬戸内海の2枚貝の絶滅が危惧されるほどの状況から回復の方向へ向いている。
西条の沖合いでも残された干潟で、嘗ての貝類の蘇りをさせるため、これから国も県も市も連携し、永年の私の呼びかけにも理解を得て、これから研究会プロジェクトを立ち上げて取り組むことになる。絶対に成功させたい。市議にも賛同する同志もいるので、市民も一体で連携して頑張りたい。

それにしても暑い日が続きますが、ご自愛のほどを!

 今年も真夏日の暑さが観測史上の記録を更新された。各地で集中豪雨などの被害が報道されているが、災害非難の方法など怠りなく点検しておく事が大事だ。昔から「転ばぬ先の杖」といわれる。
お盆を迎えご先祖様にもご加護をいただけますように!

 
ボックス自ら彊(つと)めて 息(や)まず
  
       
      
月刊誌「致知」の《巻頭の言葉》より抜粋引用=論語普及会学監 伊與田 覺
 
『大人を見るに利(よ)ろし』
 前回(二〇一三年五月号)は「易経」に説かれる、立派な君子になるための正しい行為をご紹介しました。その道筋は龍が天に昇る姿に例えられ、初九、九二(きゅうじ)、九三、九四、九五、上九の六段階に分けて記されています。今回はその後段階と六段階、会社であれば社長となり、さらに社長を退いた後の心得について紐解いてみたいと思います。

 「九五。飛龍天に在り。大人(だいじん)を見るに利(よろ)し」
 社長ともなれば「飛龍天に在り」で、龍が天空を自在に駆け巡るほどの実力も身についています。しかし、お山の大将でいい気になってはなりません。社長になると社外での交流も盛んになりますが、「大人を見るに利ろし」で、外部の優れた人物から学ぶ心掛けが必要です。

 但し外だけでなく、内もしっかり見ておかなければなりません。大きな会社になると、自分の会社の課長や係長の名前を知らない社長も多いようですが、普段から将来大人となるべき若手によく目を配り、彼らの優れた意見に耳を傾けることも大切です。
『龍は雲に乗って天に昇る』
 私は昭和二十八年に大学生の塾を立ち上げた頃、中井祖門という禅僧に深く親炙(しんしゃ)しておりました。
 ある正月にご挨拶に伺うと、床の間に中井老師が描いた絵が掛かっていました。私はその見事さに感嘆し、ぜひとも自宅の床の間に掛けてみたい、と無理を言って借りて帰りました。ところが毎日眺めていると、その元気な龍に何か危ういものを感ずるのです。
 よくよく見ると、その龍には雲が描かれていませんでした。私はそういう絵を掛けていると自分も墜ちてしまうと思い、すぐに老師に返しに行きました。

 龍は雲に乗って天に昇るものです。会社では重役になるくらいの人は、能力も働きも秀でているものですが、それだけでは一國一城の主にはなれません。人望、徳望がなければ上がることはできないのです。
 聞けば老師がその絵を描いたのは四十九歳の時。まだ元気盛りの頃だと分かり得心しました。自分の力だけでなく、時間をかけて徳を養い、人望によって推挽されていくのが本当の社長であり、地位を奪ったような社長は長く続くものではありません。雲が十分寄ってくるまで天に昇ってはならないのです。

 中井老師は生涯に二つのお寺をお建てになりました。最初の寺は若い頃のもので、生来の向こう気の強さを直すため、浄財を集めて廃寺を再興しようと願を立てたのでした。当時のお金で千円の大金が必要で、老師はこれを五万人、十五万回頭を下げて工面しようとしました。
 けれども托鉢で二銭いただいた女性の母親が病気と知り、病床に二円置いて帰ってくるといったことを繰り返していたため、十五万回頭を下げる成就はしたものの浄財はほとんど残りませんでした。しかしある大阪の富豪が老師の志に感心し、必要資金をすべて提供して立派なお寺が建ったのでした。

 これに対して二つ目のお寺は、老師からの働きかけはほとんどなかったにもかかわらず方々から寄進があり、立派なお寺が建ったそうです。一つ目のお寺が建った後、老師は僧侶としてずいぶん徳を積みました。二つ目のお寺はまさしく老師の徳望、人望によって建ったといえるでしょう。
 僧侶が寺を建てるのも、会社員が社長になるのも同様で、能力だけでなく、人望を備えなければ本当の飛龍になり得ないのです。

『謙こそが理想』
 社長はやがて会長や相談役に退きます。「上九。亢龍悔有り」
 会社での地位は一番高くとも、すでに実権は社長に譲っています。そこで「亢龍悔有り」、亢とは高ぶるという意味で、いつまでも社長風を吹かしていると組織も混乱し、悔いを残す結果を招きます。周囲から疎まれて重役会議で放り出される例もありますが、自分の立場をよく弁え、謙虚になることで晩節を全うしなければなりません。『易経』にはここで「用九」、六段階すべてに共通する訓戒が記されています。

 「用九。群龍首(かしら)なきを見る。吉なり」
 初九から上九までの優れた人物を「群龍」と呼び、「首なきを見る」は、頭がどこにあるか分からない、即ち謙虚で高ぶらない様子。そういう態度を貫けば「吉なり」、終わりを立派に全うし、喜ばしいことだと説かれています。

 さらに次の一節が続きます。
 「天行(てんこう)は健なり。君子以て自ら彊(つと)めて息(や)まず 」
 天の運行というものは健全にして些(いささ)かの狂いもない。立派な君子はこの天行を真に受けて自ら努力して止まない。やむを得ずしてではなく、天の運行のごとく謙虚であり、努力を重ねるべしと説かれています。『易経』では謙こそが理想とされています。龍が天に昇っていくように、人が世に出て大いに活躍し、終わりを立派に全うするには、謙を貫くことこそが重要なのです。

 
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