愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
百鬼夜行の暗闇に入るのか?(2012/11/1)

      
あい変わらず先が見えない。暗闇に入ってゆく。
不透明な時代を切り開く責任を持つリーダーと、政党が無くなり、無責任な寄合いの第3極狙いばかりの党の出現で、この国はまさに百鬼夜行の時代になってしまうのか?

 近いうちに解散をとの野田総理の発言をまじめに受け止めていたが、何もかもが中途半端でたな晒し、置き晒しの状況で、与党が悪い野党が悪いと責任のなすり合い、結局「解散などしておる場合じゃない」とずるずる引っ張りあい。出口の見えない暗闇に引き込まれてしまったような感じがしてならない。

 まずは政権交代で民主党が与党になるための選挙戦術の立役者、小沢一郎グループが、消費税増税は民主党が国民への背信行為になる、とのことで離党し、「国民の生活が第一」を政党として立ち上げ、続いては、次の選挙で当選が危ういかもしれないような連中が、橋下人気とマジックにあやかろうと擦り寄った連中を、「橋下徹大阪市長」が引き連れて、国政への足がかりのため国政政党「日本維新の会」を立ち上げ、さらに10月末には80歳にもなる「石原東京都知事」が、知事を辞して国政へ再復帰を目指し、平沼さんが代表の政党「立ち上がれ日本」を解散して合流し、石原慎太郎さんを代表とする政党を立ち上げる動きが始まっている。

 これらの動きで、民主党は衆議院で単独過半数を割り込むまでに離党者がでる事が目に見えて予想され、野田総理の求心力はガタガタになるだろう。
また自民党でも保守の代表的カリスマ性のある石原さんになびくものも出てこよう。
こうなると次の選挙で単独過半数を制する事ができる政党は絶対的に無くなり、連立政権となるのだが、これをまとめる力が誰にあるのか、まさに百鬼夜行の暗闇状況に日本政治がなるだろう。

 こうなったら誰が喜ぶのだろう。亡国への魔手が世界中から伸びてくるのだろう。
まさに日本危機の状況となりそうだ。選挙目当てで明け暮れ、自分の事ばかりを考えるのではない、「国を守る」志士を創ろう。
まさに、この事態にまで運んできた「民主党政権」「野田総理」の責任は重い。

「ips細胞」でノーベル賞を『山中伸弥』さん受賞。
人の生命を守る細胞で、世界に誇る知能や技能を育て発展させよう。

 「やるじゃないか日本人」の魂の源を、山中教授は見つけ出してくれたのではないかと思う。医療技術はもとより製薬にも、なにより人の健康と命を変える大きな要素に、この発見は大きなインパクトを与えてくれたのだ。これからどう生かし発展させるかがこれからの日本の生きる道・歩むべき道にもつながると信じる。

西条市長選挙には必ず投票に行こう

 人任せにしないで、自分に責任があるとの義務意識を持って、各級選挙に携わってほしいといつも申し上げているのだが、11月18日は合併後3期目の首長を選ぶ、西条市長選挙の投開票日である。
 他の市町では無風選挙が多いのであるが、今回の西条市は現職「伊藤宏太郎」さんに、旧東予市長を務めていた「青野勝」さんが挑み、合併後の成果を問いかけられる選挙となり、互角の激戦模様のようだ。

 私は、合併成果の検証も必要ではあるが、これから問題点を克服し、より地域力を高めるための政策を戦わせてくれることを期待し、首長経験のある者同士の戦いなるがゆえに、市議会で審議し結論の出された問題まで、合併協議事項などを蒸し返し、へんな対立構図やしこりの残るような事の無い選挙であってほしいと願う。
とは言え、戦いだから多少は避けられない問題だろうが、終ればノーサイドで、綺麗にみんなで協力し、自分たちの住む郷土を築く政治風土を残してほしい。
 
 その為にも私達一人ひとりが、自分で責任をもって支持する候補を決め、投票に行ことを呼びかけるものである。旧西条に住まいする若い方も是非投票に行ってほしい。
11日が告示日だが、期日前投票も活用し、棄権の無いように。

 
ボックス 性、相近きなり 習、相遠きなり
   
月刊誌「致知」の《巻頭の言葉》より抜粋引用=論語普及会学監  伊與田 覺   
『「東洋の君子国」たる所以』

 中国に『小学』という古典があります。
今から八百年余り前に朱子と劉子澄と言う人が、四書五経をはじめとする古い書物の中から大切な教えを選出したものです。
江戸時代に主流を成していた朱子学の教えとも関係が深く、武士の家庭教育、さらには一般家庭の子女教育を通じて日本人の心に深く浸透し、実践されたことで、日本人の質は格段に向上しました。幕末に日本を訪れた欧米人は、東洋の野蛮国と蔑んでいた日本人が、実際にあってみると実に礼儀正しく、躾の行き届いていることに感嘆し、「東洋の君子国」と讃えました。列強の植民地支配から日本が独立を堅持できたのは、この教えを通じて国民が優れた人間性を育んでいた事が大きいと私は思います。しかしながら戦後、『小学』の説く人間としての基礎教育が疎かになったことで、日本は誠に恥ずかしい国になりました。

 『小学』には次の一節があります。
「古の小学、人を教うるに、洒掃(さいそう)、応対、進退の節、親を愛し、長を敬し、師を尊び、友に親しむの道を以ってす。皆身を修め、家を斎え、国を治め、天下を平らかにするの本と為す所以なり」
『小学』において、まず人を教えるのに洒掃、応対、進退の大事なところ、そして親を愛し、目上の者を敬い、先生を尊び、友を親しむ。そういう道を教えるということは、自分の道を修め、家を斎え、国を治め、天下を平らかにするもととなる、と説かれています。

 洒掃は掃除を意味します。日本神道の精神は、清く、明るく、直き心ですが、掃除はそうした人間が本来持っている良い資質を引き出し、人間を創る一番の基本となります。

 応対は挨拶です。親が赤ん坊に毎朝「おはよう」と声を掛け続けていると、成長するに従い「おはようございます」と挨拶を返してくれるようになります。これが応対の一番の基本であり、幼い頃に習慣化すれば生涯失われることはありません。

 進退は立ったり座ったり、進んだり退いたりといった作法です。禅寺を訪ねるとよく玄関に「脚下照顧」と書かれています。まずは自分の脱いだ靴をちゃんと揃えること。これが人間の修行の第一歩だと説いているのです。ゆえに玄関の履物を見れば、その家の家風が概ね分かるとも言われるのです。

 洒掃、応対、進退は習慣づける事が大切で、少し気が緩むと乱れてしまう内は習慣化されたとは言えません。習慣の慣は慣れるという字ですが、日々繰り返し実践を重ね、無意識の内にちゃんとできるようになって初めて習慣づけられたといえるのです。

 
『今を生きる者の任務』

 教育の場には、家庭、学校、社会(会社)の三つがあります。
良い家庭に育った子供は自ずと立派な人間に育ち、良い校風を持った学校に入ると問題を抱えた生徒もいつの間にかよくなり、よい社風の会社に入ると意識せずして立派な人材に成長します。

 国にも国風があります。よい家庭、よい校風、よい社風によって日本人一人ひとりが立派に育てば、世の中がよくなり、立派な国風が形成されます。しかしながら今の日本は、未熟な親や、尊ぶに値しない教師も多く、無垢な子供を託すには心許ない状況にあります。これは戦後の占領政策によって、『小学』の教えなど、永年継承されてきた優れた日本精神の縦糸が断ち切られ、さらに時代を反映する横糸もいかがわしいものが蔓延してきたため、国としてまともな織物を紡ぎ出せなくなったのです。

 『論語』に、「性、相近きなり。習、相遠きなり」という言葉があります。もともと人間一人ひとりに大きな違いがあるわけではなく、誰もが相近きものです。しかしながら、躾や教育によって身についた習慣により、人間的に大きな差がついてくるものだという教えです。
 
 今一度、断ち切れた縦糸を紡ぎ直し、よい横糸と組み合わせ、日本に相応しい素晴らしい織物を創っていかなければなりません。そのことを通じて時代を担う子供たちを立派に導いてゆくことが、今を生きる私達に課せられた重大な任務ではないでしょうか。

BACK