愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
まだまだ続く内憂外患(2012/10/1)

      
党首(代表)選挙も終った。《民主党は野田代表再選・自民党は安倍総裁再登板》もう解散して出直すべきだ。

 先の通常国会は大幅に延長しながら、民主党のマニュフェストにもない消費税の増税法案の成立を野田総理は『不退転の決意』で臨み、民主・自民・公明の3党が『社会保障と税の一体改革』との大義名分のため、一体改革の見通しが十分見えない中で財政基盤の強化のためを優先し、何とか通過し閉幕した。
ところが野田総理の「近いうちに解散」の言葉に不信を持ち出し、参議院で問責決議を出し、審議がストップ、今年度の予算の執行に必要な公債法案を議決されずに終ったために、国の資金繰りが立たないことになり、現在地方への交付金の配分が遅れ、このまま行くと地方の財政にも大きな穴が開いてくることになりかねない状況だ。 このように国の運営のために必要な法案が、国会では50%そこそこの通過状況で、決まらない・決められない政治状況が続き、加えて円高も続き、この国は閉塞感が一杯漂っている。
まず政局よりも政策でこの国の正常化を計らねばならない。国会議員よ!その使命を忘れてはならない!と言いたい。

 地方は合併により、多くの首長や議員の身を削り、歳費のカットもしながら、健全化や活性化の努力を重ねているのに、国会議員は公約である(憲法違反でもある)定数削減も、歳費のカットも約束どおり実行せず、公務員の削減や給与の削減も目標には程遠い実施状況である。
各党の代表選びも終えた。民主党は4人の候補が争ったが、絶対多数で野田佳彦代表が再選され、自民党は5人の候補が争い、第一回目の党員と国会議員の投票結果で過半数に達する候補がいなく、国会議員による決戦投票の結果、安部晋三さんが1位で当選、6年ぶりに総裁の椅子に再び座ることになった。
その他の政党も改選が行われたようであるが、現代表以外に立候補者も無く再選されたようだ。

 さて各党内の体制が新たになったのなら、野田総理ここは臨時国会を召集し、速やかに公債特例法案と、衆議院の定数削減を不退転の決議で成立させて解散すべきだ。
そして来年度予算を、来年の年明けの通常国会で早く審議に入れる時期までに選挙を終えるべきだ。
その頃には中国・韓国など近隣諸国の指導者も交代決定している事だろう、緊迫した事態にもなりかねない、領土問題・経済問題など、外交にも仕切り直しの気持ちで重点を置いて取り組める新生日本の『政権・政府』を打ち立てなければならない。
もう民主党政権の行き当たりばったりの姿勢では、どうにもならないことが国民には解ったはずだ。自民党・安倍総裁よ、必ず近いうちには政権が奪還できるだろう。
いや奪還しなければならない。その為日本再生のビジョンを速くしっかり示し、国民の支持を得られるよう頑張ってほしい。

秋だ『五穀豊穣』を感謝しよう。

 もう殆どの田んぼでは稲も刈り取られ、冬野菜への準備が始まる。
子供の頃は黄金色に色づいた田んぼの中を、「だんじり」が通る秋祭り時期の、秋の風景があったが今はもう無い。時代にゆったり感がなくなったのは少々寂しい。
だがこの頃はお米もおいしくなった。野菜もおいしくなった。果物もおいしくなった。五穀の恵みと造る人の努力に感謝するものだ

 
ボックス 殷鑑遠からず
   
月刊誌「致知」の《巻頭の言葉》より抜粋引用=アサヒビール名誉顧問  中條 高徳   
『知る人ぞ知るその来歴』

 夏の1日、鎌倉の名刹・円覚寺の横田南嶺管長を夫婦でお訪ねした。
戦後、かつて管長であった朝比奈宗源老師を慕い、厳しい座禅の修行をした親友からの依頼であったので喜んでお訪ねした。
 その日、鎌倉は夏の陽が輝き、青葉がまばゆかった。
なんと法衣に端然と身を固めた管長様、おん自ら門まで直々のお迎えに恐れ入った。
 今上陛下が皇太子時代に御成りの時も、あの大東亜戦に散った南雲忠一中佐の出陣の前夜も、朝比奈管長とじっくり語られたというお部屋に通された。
我が夫婦の老齢をおもんばかってか、籐椅子が用意されていた程の勿体なさであった。

 筆者は致知出版社の拙著「日本人の気概」を署名入りで贈った。
横田老師からは法話集「いろはにほへと」を署名入りでいただいた。
 その中になんと森信二先生の立腰の学びが語られており、同志のように思われ、嬉しくなった。
鎌倉時代の文永11年と弘安4年、当時元と称していた中国が二度にわたって我が国に襲いかかってきた戦を「元寇」という。
そもそもこの円覚寺は弘安の役の一年後、北条時宗が二つの戦の敵味方双方の犠牲者に対し、南宋より渡米した名僧・無学祖元を鎌倉に招き、鎮魂のために建立したという由緒ある名刹なのである。

 
『円覚寺サミットを開催せよ』

  歴史を教わっていない昨今の若者の中には、元寇という国家の最大危機すら知らない者が多い。

四百余州(しひゃくよしゅう)を挙(こぞ)る
十万余騎の敵   国難ここに見る  
弘安四年夏の頃   なんぞ怖れんわれに
鎌倉男子あり   正義武断の名   一喝して世に示す

いまの中国より版図の広い元が、突如我が国に襲来した。壱岐・対馬の国守の自決をはじめ多くの同胞が犠牲になった。
我が国の先人たちはこの「元寇」の歌詞の如く、熱戦敢闘し、二度とも台風によって敗退した。

 いまの韓国も北朝鮮も元に征服され、元寇では先陣として我が国を攻めてきた。
歴史の真実である。
 歴史認識を常に外交カードに用いる中韓両国に、この歴史の真実をどう認識しているのかと問うべきなのに、知ってか知らずか、まったく抗弁しない我が国の政治家たちの「不作為の罪」はきわめて大きく、かつ重い。
 それどころか、我が国で使われている歴史教科書の中に、この元寇を「元の遠征」と表現し、自国の対戦を「侵攻・侵略」と表現している事を読者はご承知だろうか。
 先の大戦から既に67年経った。筆者の歴史の真実から遠ざかっていた時間の長さに心が重たくなっていた。

 横田老師が、国宝の舎利殿の後ろにある無学祖元の像が祀られている開山堂に案内してくださった。
黒光りしている像の直前に立った筆者は身震いした。まさに「殷鑑遠からず」
いまこそアジアの国々のリーダーを円覚寺に招き、「円覚寺サミット」を開くべきだと強く感じた一瞬であった。
 さまよう我が国と常に無理難題を突き付ける近隣諸国にとって、円覚寺の存在は限りなく重く、かつ宝である。

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