愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
クールビズで行こう。(2011/7/1)

      
節電の夏を乗り切るには、身だしなみも涼しくてよし。
菅総理の首を切れない内閣は、頭を丸めて冷やしてはどうか。  

 東京電力福島第1原子力発電所の事故が、今もって収束の見通しが立たない。
次から次へと発表される事態の結果は益々悪くなるばかりで、もう福島原発から何キロなどと言う問題でも無くなってくる。
 菅総理は浜岡原発の運転停止を要請、新エネルギー開発や振興と脱原発への舵きりをやろうと意気込みを見せている。しかし、一方では原発に依存しないで我が国の産業や国民生活が送れない現実があり、節電は呼びかけてもそれだけで解決はできない。やはり原発の稼動を認めなければならないのだ。

 脱原発のかっこいいところ、おいしいところは自分の成果とするが、批判される原発稼動の容認の了解は海江田経済産業大臣に押し付ける。倫理観ある人の取る手法としては逆であろう。だからみんなに相手にされない総理大臣で、「もう辞めろ」コールが身内からも起きているのだ。
身内からも見放されているのに本人はいたって軒昂に、新らしい時代の指導者ができるまで全身全霊を込めて頑張ると息巻いているから始末が悪い。
 何も苦労せず世間の事もわからないお人よしの鳩山のお坊ちゃま、悪ガキ大将で偽善者崩れの菅総理と、言葉だけ国民の生活第1と言いながら、国民に負担を残すばかりの政権が続いているのだが、真っ暗な崖の淵へ導かれているのではなかろうかと、危惧するばかりだ。

総理やめろ!辞めない!で、何億円も無駄遣いする国会を許すな!  

 災害復興をと、さも国民のために寝食を忘れて頑張っているように聞こえるが、未だに被災者への支援金も届かない、仮設住宅も建設されない、避難所に何万人もが生活するこんな現実の閉塞状況を脱出させられない内閣で、しかも総理を辞めさせるための言い訳作りの国会だ、何日延長しようと国民のためになることは全く解決できないだろう。

 国会議員のもっともらしい手当ての支給を認めるばかりだ。自分たちの不手際で国会を延長せざるを得なくなっているのだから、無報酬でやると誰も言わないのか?
何の落ち度も無いのに、生活も財産も将来への夢も奪われ、追い出されている住民の事を何と考えているのだろう。被災地へ国会を移して開催すれば少しは気合が入るかもしれない。

先に観測史上を塗り替える猛暑を記録した。
今年も暑そうだ。 暑中お見舞い申し上げます。ご自愛のほどを!
 

 
ボックス 日本民族どっこい生きていた
       =この大きな災難が、その生き様の綻びを気づかせてくれた。=
月刊誌「致知」の《巻頭の言葉》より抜粋引用=アサヒビール名誉顧問 中條 高徳

 日本はいまなお地震・津波・原発事故の三重苦とも言うべき悲劇の連鎖の中にある。 あの日から49日。仏事ではこの日を満中陰と呼び、追善供養を営み、忌明けと称するのに、49日に当たる4月28日は、いまだ行方不明者が1万1千人を超える惨状である。
 奇しくも59年前の昭和27年4月28日は、我が国から占領軍が引き揚げ、主権を回復した旅立ちの日であった。

『君民一体』

 天皇皇后両陛下は、この国難にいたくご宸襟を悩まされ、国民と国難を分かち合いたいと、皇居での暖房や電灯のご使用をお控えになる「自主停電」を実施された。
 自らを厳しく律する範たらんと、寒さはセーターなどを召されておしのぎになられたとも聞く。
国民の禍は我が禍。民の悩みは我が悩みとお考えの天皇は、現場の事情が許す限り、被災地のお見舞いをされる。被災者の目線の合わせ、ひざまづかれて真摯に見舞われる。
感極まって被災者は手を合わせて涙ぐむ。

「両陛下のご訪問は、被災者にとって何よりの薬。いかなる行政の努力も、両陛下の一言にはかなわない。」火山噴火時に全島民離島した三宅島の平野村長の言や重しである。

 両陛下のご訪問の際、避難所にいた男性が、「励ましよりお金が欲しい」と大声で話していたが、陛下にお声をかけられると堰を切ったよう大声で泣き出したという。この君民の関係は、君民が永年紡いできた所産であり、他国の心ある人たち羨望の的となっている。

 
『「義」に生きる自衛隊、警察、消防』

 時の政府中枢から「暴力装置」とまで言われた自衛隊十万余の大活躍はすべての国民の胸を打った。石巻などでは腰まで泥水に浸かって黙々と避難者を救い出し、死体処理し、食事は乾パンと缶詰、風呂もなかなか入れず、寒風に野宿という過酷な状況下で活動をする勇士たちに、全国民から感動と感謝の渦が巻き起こった。

 また、約二万人の米軍人が参加した「トモダチ作戦」も見事であり、水浸しになっていた仙台空港などに強襲揚陸艦エセックスを派遣してたちまち復旧し、その威力を発揮したことは心強い限りであった。

 南三陸町では、防災担当の遠藤未希さんが町民に津波の襲来を告げ続けながら、我が身は波にさらわれてしまった。昨夏結婚し、秋には披露宴を行うため花嫁衣装なども整えていたという。

 壊滅的な被害を受けた岩手県大槌町でも、住民の避難誘導中に半鐘を打ち続け、あるいは水門を閉めに向かった消防隊員ら十一人も犠牲になった。危険は感じつつも「公」のため「義」のため、多くの方々が役割に敢然と殉じた。

『惻隠の情』

 その日、児童の7割が犠牲になった石巻市の大川小学校では、合同慰霊祭が行われた。48人の先生や児童の遺影が皆笑顔だったのが切なさを増した。この世の出来事かと疑う。

 同じ石巻市の渡波小学校では1ヶ月遅れの卒業式が行われた。人気者のK君がいない。迎えに来た家族と帰宅して波にさらわれた。K君の親友は悩んだ末、黄色のポロシャツで式に出た。亡くなったK君や制服のない児童の事を思い、制服での出席を断念したという。悲劇の大きさは、こんな子供にも惻隠の情をもたらしたのだ。

『死の床で同胞を思う心』

 元キャンディーズで女優の田中好子さんががんと闘い、命絶えんとする時、肉声で、
 「被災された皆様のことを思うと心が破裂するように痛み、ただただ亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです」
「必ず天国で被災された方々のお役に立ちたいと思います」
と息も絶え絶えに語ってこの世を去った。

『民族の誇り「絆」の強さ』

 このような我が民族の自制心を忘れず、しかも事にあたり我が身を顧みない勇気、そして強いコミュニティ精神などに対して、外電は世界各国の賛辞を次々と報じている。

 豊かになるとともに我が民族にはびこっていた絆の乱れ、個の主張の虜になって無縁社会が到来し始めていた。この大きな災難がその生き様の誇りを気づかせてくれた。
所詮、人間は一人では生きられないという「生きる理」を教えてくれたのだ。
まさに先人の説く通り、「逆境は神の恩寵的試練」であった。

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