愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
 
日本の行き先は?!(2010/9/1)

 「党首選挙」と「円高・株安の経済対策」(国民生活の安定)の
 どちらが優先されるべきことか?

暑い!本当に暑い!9月に入っても30度を超える真夏日が続くようである。

今年の夏は熱中症で約4万5千人もの人が、救急搬送され死亡者も200人にも及ぼうかとの状況だったようである。これから台風シーズンともなるが、ゲリラ豪雨の被害も目立っている、気を抜かず対策を考えておかなければならない。

熱いと言えば民主党の党首選挙が、久しぶりに党員参加で行われるようだが、政権党として権力に群がる力が蠢き党内では熱くなっているようである。
しかし、国の大事として15年ぶりに円高が進行し、これに反応しない政府や日銀の無策ぶりに、株安市場が追い討ちをかけ、日本経済は回復どころか深刻な事態に至るのではないかと思われる。

収益の悪化は、雇用情勢や所得の減少に、即繋がって国民の台所を直撃するのだ。
今や国民にとって、約束も守れない、責任も取らない総理や大臣などどうでもいい話で、早く国を救う気概のある政策実行力を求めているのである。

こんな国民の感覚とかけ離れた低俗な政治状況は、本当にこの国を駄目にする。

 幽霊戸籍の露呈にあきれる。(家族の崩壊の象徴?)

この国の役所のシステムや管理状況は、世界一しっかりしていると思っていたが、なんと100歳以上で生存確認できていない人が何百人もいるようなことがわかって来た。

中には江戸時代の人もいるという。(その時代に戸籍届けの制度があったの?)なんとも頼りない話が今頃降って沸いているが、役所の事務のズサンさ、何より人の命の存在には必ず親があり、兄弟がありの親族がいて、家族制度も日本の精神文化をしっかり支えてきているものと信じていたのであるが、親族が亡くなっても葬儀もしない、役所への届出の手続きの世話もしない。こんな悲しい現実があったんだと嘆くばかりである。

あきれてばかりではいられない、早くしっかりとした社会を築かなければならない。
今月は敬老の日もあり、みんなで考えてみたいものだ。

 次の「愛媛県知事」は誰が?

9月定例愛媛県議会は9月14日から始まるが、これまで3期務められた「加戸守行」知事が、この議会中に正式に辞任と次期選挙には出馬しない表明がされる見通しであり、11月中に選挙が行われることになろうが、これから候補者の名乗りが9月中には本格化するだろう。自民党では9月6日から18日に間で、公募による候補者選考を実施する。国政のねじれや厳しい財政運営など、難局にある時代に勇気を持って取り組む志高き人材を、幅広く求めて期待するものである。

西条の水資源が検討される場(知事が提唱し、県・西条市・新居浜市・松山市で協議会を設置する)ができることになったが、分水を前提としての協議ではなく、あくまで水の活用の有りようを探って、西条の資源としての保全活用を前提として、理解を深める大人の会議であってほしい。次期知事選挙の争点として地域間対立を煽るようなことになってはならない。

ボックス 忘年の交わり
      =お互いの年齢の上下を忘れ、人と人が互いに尊敬し合う関係を結ぶこと。
月刊誌「致知」の《巻頭の言葉》より抜粋引用=ウシオ電機 会長 牛尾治朗

率直にぶつかれば相手も胸襟を開く

『三国志』に「忘年の交わり」と言う言葉があります。
お互いの年齢の上下を忘れ、人と人とが互いに尊敬しあう関係を結ぶことをいいます。
 魏の陳泰は、自分よりずっと年下の鄧艾(とうがい)が、5つの理由を挙げて蜀の姜維が侵攻してくるとの見通しを述べたことに感服し、忘年の交わりを結んでいます。安岡正篤先生は、この忘年の交わりこそが世の中を動かす力になると説かれていました。
 かつてはビジネスマンも官僚も、上司、先輩と密に交わり、そこから組織として大きな力を生み出していました。残念ながらこの頃では、こうした交わりを結ぶ機会が非常に少なくなってきています。
 世代の異なる人との交わりでは、若い側が率直に自分の意見を言うと、先輩の側も胸襟を開いてくれるものです。私も若い頃は先輩の話しを聴くことが好きでしたし、先輩側から「最近どうだね」と声をかけられると、「いま、こういうことに取り組んでいまして・・・・・」などと近況を交えながら、自分の考えをぶつけたものです。不躾な態度であったかもしれませんが、ほとんどの方がしっかりと受け止めてくださいました。逆に、それで胸襟を開いてくれないような器量の狭い人とは、付き合う値打ちがないと私は思います。
 私は先輩には大変恵まれました。二回り年長の中山素平さん(日本興行銀行元頭取)、三回り年長の松下幸之助さんをはじめ、素晴らしい先輩方の薫陶を受け、今日があるといっても過言ではありません。
 土光敏夫さんとは、45歳の頃、国際科学技術博覧会(つくば博)の基本構想委員会で委員長に指名され、一緒に仕事をさせていただきました。
 土光さんは既に八十代に差しかかっていましたが、これからの科学技術について勉強したい、と若手に交じって委員会に毎回出席されました。議論の最中に「土光さんはこの件についてどう思われますか」とおもねるようなことを言う人がいても、自分が発言するとそっちへ意見が流れてしまうから、と応じませんでした。その代わり、この委員会で決まったことを理事会で通すため、理事たちの古い考えを掃いて捨てることが自分の役割だとおっしゃるのです。我々若い委員は、土光さんの配慮にいたく心打たれたものです。

 土光さんからはその後、第二次臨調でも助力を依頼されました。一緒に仕事をさせていただいて学んだことが、いまも私の支えになっています。
 
反芻し、熟成していくことの大切さ

つくば博で副会長を務められたことが、ソニーの創業者・井深大さんでした。ゼロ歳教育を提唱しておられた井深さんは、基本構想委員会で、幼児期の教育環境がその人の性格や能力を決めるとの持論を展開されました。
 ところが委員の1人でもあった生命科学者の中村桂子さんは、三十歳ちかく年長の井深さんの意見に真っ向から反対し、性格、能力を決めるのは遺伝子だと主張したのでした。二人とも一歩も譲らず、議論は延々1時間以上続いても決着が付きませんでした。
 感銘を受けたのは、それでいてお二人がお互いを非常に尊敬し合っていたことです。
まさに忘年の交わりを超えた「忘年の議論」ですが、かつての日本はこういう交わりを通じて社会に活力がもたらされていたのです。
 忘年の交わりのよい点は、お互いの接点が少ないため、人生や歴史、文化といった大きなテーマで語り合え、相手の言葉を理解しようと真剣に聴くことです。

 ところがIT時代に入り、人間同士が交わる機会そのものが減っています。ITの交わりでは、膨大な情報を瞬時に取得できる利点はありますが、考える時間、お互いの関係をじっくりと熟成していく時間が損なわれてしまいます。人間同士の交わりは時間がかかりますが、相手の言葉を反芻(はんすう)し、心の中に沈澱してようやく身につく一握りの教訓は、人間を養う上でかけがえのない滋養となることを忘れてはいけません。私は多くの先輩方にお世話になった分、後から歩んでくる人たちの役に立ちたいという思いを人一倍抱いています。ITのよさと人間同士の交わりが並立する社会を実現し、忘年の交わりを通じて優れたものの見方、考え方が次世代に継承されていくことを願ってやみません。
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