愛媛県議会議員 明比昭治 いきいき西条 元気な愛媛!! 「輝くふるさと愛媛づくり」
今年もまた慌しく年の瀬を迎える(2008/12/1)
 
 毎年のこととは言え12月と言うだけで、慌しく感じるのは私だけではないだろう。 盆や節季に特に始末をしておかなければならないことも無くなっている筈だが・・・。
 今年は、100年に1度と言われるような世界恐慌か?と臆される世界同時株安・円高などの金融不安や、オイル・レアメタルなどを中心に物価の高騰と先行き不安などなど、私たちの一般生活には関係も無いところで、だいぶついた資金が動いたり、弾けたりし、加えてアメリカの大統領選挙や、国内でも衆議院の解散風など政局も不安定で、頼りどころの無い状態が続いているために、一層将来が不安で、落ち着かない年末となっている。
 ともかく政治がしっかりと、国民の不安を解消する舵を取らなければならない。
 
雇用不安の解消は社会の責任だ。仕事が無ければ犯罪も増える。
 雇用の安定こそが健全な社会の維持の原点だ。働かなければ食べられない。食べるために働かなければならないのに働く場が無い。
 非正規社員が社会の主流となって、使い捨ての道具扱いの雇用形態が常態化してきているこの国の雇用形態に私は非常に危機感を抱いている。
 自動車産業などを中心に来年の3月には、非正規社員が3万人が失業すると言われているが、既に失業状態の人が何十万人もあるのだから大変だ。 年金も保険も、掛けたくても掛ける力の無い若者が30%にも達すると言う。・・・もうこの国の健全度は危険水域を越えているのだ。 来年の採用内定を取り消される状況も多数起きているという。
 若い人に希望を持てと言っても無理と言う状況を、社会が作っているのではないだろうか?。訳もわからない殺人が生きても不思議でない社会を、自分たちが作っているのかもしれない。分かち合って食べられる仕事をみんなで作り出そうではないか。
 
非連続の連続こそ人生
― ウシオ電機会長 牛尾治朗(月刊『致知』12月号巻頭の言葉より抜粋引用) -

『40代後半からでもチャンスは3回ある』

 私が父の急死によってウシオ工業の経営を受け継いだのは昭和34年、28歳の時でした。赤字に陥っていた同社を必死で盛り返し、電気部門を分離して現在のウシオ電機を設立し、上場を実現。気がつけば40代半ばに差し掛かっていました。もともと文化人として生きていくことを夢見ていた私は、経営も一段落したところで、そこから先の人生について模索していました。そんな私に貴重な示唆を与えてくださったのが、作家の井上靖さんでした。

 井上さんとの親交については、当欄で何度か記してきましたが、私は高校の同級生であった井上さんの甥を通じて、しばしば発表前の作品の感想を求められていたこともあり、20代の頃から懇意にしていただいていました。

 私が将来を模索していた頃、二回り年上だった井上さんは70代に入っていましたが、その井上さんが、これからシルクロードに取材に行かれるというのです。69歳で東北の旅に出た西行の話を引き合いに、死を覚悟して旅立った西行の時代に比べれば、いまの旅は簡単なものだと言ってのける井上さんに、私はいたく感銘を受けました。

 井上さんは『毎日新聞』の記者時代に書いた『闘牛』で昭和25年に芥川賞を受賞。作家として華々しいデビューを飾った後、サラリーマン小説、時代物、中国物と、新境地を次々開き、その旺盛な創作意欲は生涯衰えることはありませんでした。

 井上さんは、新しい挑戦というものは15年くらい費やせばだいたい達成できる。年を取ると利口になってそれが10年くらいに縮まるので、40代後半から80歳くらいまで3回はチャンスがあると言って私を励ましてくださったのでした。

 生涯にわたって挑戦を続けられた井上さんの姿に、私は目を開かれる思いがしたものです。

 
『一日一日を大切にいきる』

 その井上さんと、正反対の考えを示されていたのがリコーの二代目社長・舘林三喜男さんでした。

 舘林さんは、東大法学部を卒業して内務省に入り、佐賀県副知事、衆議院議員等を経て、リコーの初代社長であった市村清さんより後時を託されました。市村さんを通じて親交のあった舘林さんは常々、経営者が一番難しいけれども一番やりがいのある仕事だとおっしゃっていました。

 禅に造詣の深かった舘林さんは、数々の名言を残されましたが、私が特に印象に残っているのが次の言葉です。

「人間には過去というものはすでになく、また、未来はわかりませんよ。あるのは今、現在だけなんです。(中略)非連続の連続こそ人生であり、その生活態度の中にこそ私は人生の本当の生きがいというものを見いだすことができると信じているんです。」

 趙州(じょうしゅう)という高僧が、なかなか悟りを開くことができず相談に訪れた僧に説いて聞かせた話についても語っておられます。

「趙州は、お前飯を食ったかという。ハイ食べましたと坊さんが答える。趙州は、ではその茶碗(鉢)を洗ってこいという。それで、その坊さんがハッと悟ったというのですね。私は、すべての真理がここにあると思うんですよ。飯を食う、茶碗を洗う、これは文字通り日常茶飯時ですね。しかしこの公案は、飯を食う時は全力をあげて飯を食わなければだめだ、飯を食ったら、あとは茶碗を洗うことに全力をあげる意外にどこにあなたの人生があるんだということを教えてくれる。ご飯を食べる、茶碗を洗う、全部一つ一つ人生がそこで完結していますよ。」

 日常茶飯にこそ人生のすべてがある。一日一日を大切に、きょう現在を精いっぱいに生きること。若い頃はいま一つしっくり来なかった舘林さんの言葉に、いまは深い共感を覚えるとともに、一見正反対のように見受けられる井上さんの考え方とも、根本のところでは繋がっているのを私は感じます。

 それは、井上さんの説く新しい挑戦、未来への展望は、結局は舘林さんが説くように目の前のことを一つひとつこなしていく中で開けていくものだからです。そして、その積み重ねを経てふと後ろを振り返った時に、10年、15年単位で自分が大きな仕事を成し遂げてきたことが実感できるものです。

 アメリカに端を発した金融不安が世界に広がり、いまは会社経営も大変な時代に入っています。この時期、経営者にとって大切なことは、まずは目の前にあることを一つひとつ片付けていくことに尽きると思います。自分の心、目さえ曇らせずにいれば、暗闇の中にも必ず明るい展望を見出し、よき人物とも縁を結んで道をひらくことができる。そのことを信じて自己を磨き、一歩一歩しっかり歩みを重ねていくことが重要だと思うのです。

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